終・島巡り⑧
ルカはまだ動揺から回復していないようだ。ゴーレムも自分の右手が気になるようで、俺を追うにもどうも上の空な雰囲気である。
「ちょ、ちゃんと追いかけなさいよ!」
司令官が自分の困惑を憤りに変えて部下にぶつけている。
「ゴ、ゴッ!」
そして煽られる部下。どうやら今一番精神的優位にあるのは俺のようだ。
俺は二人を挑発するように笑い、先程隠れた茂みの更に奥、人一人がすっぽり隠れてしまうほど雑草が自由気ままに育ってしまった、茂みと呼ぶに憚られる様な場所に駆け込んだ。ルカは追えとゴーレムに指示し、ゴーレムも逃すまいと追いかけてきた。何も疑わず、無策で行動するとは感嘆すべき蛮勇であり、果てしなく愚かしいことである。それ故思わずにやけてしまった。
程無く俺の体は茂みに飲み込まれ、ルカ達は俺を見失ったようだった。本当ならここで息を潜め、ゴーレムに隙が生まれるのを待ってから攻撃したいが、如何せん空にも目があるので下手に時間を掛けると発見されてしまうかもしれないため、ここは自ら隙を生ませるしか方法は無い。
正面にゴーレム、その左上上空にルカがいる。ゴーレムはがっつり此方を向いていた。とりあえず俺は方膝で立ち地面に転がっている手頃な大きさの石を手に取る。そしてゴーレムが左を向いた瞬間、石を視界に入らない様にその背後目掛け投石した。
瞬間ルカがこちらを向いた。もしかしたら気付かれたかもしれない――が、問題は無い。何故ならここから勝負の時までほんの一呼吸の間であり、そんな短時間で出来ることなど限られている――否、ほぼ無いからである。
俺が投げた石がガサッと茂みを掻き分ける音を立てた。ゴーレムからしてみれば背後に物音、勿論振り返る。しかも左に首を回していれば左回りで体を反転させる。だからこそ先程亀裂が走った右肘が俺の目の前に露になった。
このタイミングを待っていた俺は投石直後から準備していた炎弾の魔方陣を構え一気に駆け寄った。
「後ろー!」
ルカが俺の姿を見つけた瞬間ゴーレムに向かって叫んだ。しかしゴーレムが彼女の指示を実行に移すまでには残念ながら時間差がある。
「おせぇーッ!」
と、俺は一言ルカに向かって叫び返した。そして亀裂の見える右肘に掌をあてがい、ゼロ距離から魔法を放つ。
「フレイムバウンドッ!!」
掌大の火球は俺の手とゴーレムの肘の間で小規模ながら轟音響く爆発を見せた。条件反射的に俺は思わず目を閉じてしまっていた。
「ゴォーーーー」
ゴーレムの叫び声が聞こえた。俺はそっと瞼を持ち上げる。すると今まであったはずのゴーレムの右肘から先が綺麗に無くなっていたのだった。亀裂部分に大きな衝撃をピンポイントで与えたことで一気に崩壊したのだろう、たぶん。
なにはともあれ「よし! 成功だ!」と声には出さなかったがゴーレムを睨み付けたまま小さくガッツポーズをした。
しかし昔の人は上手いことを言ったものだ。油断大敵、勝って兜の緒を締める、と。完全に緊張の糸が切れていた俺はゴーレムの残った腕、つまりは左手の存在を忘れていたわけで……。
「ゴォッ!」
ゴーレムは力任せに左手を振り回し、その攻撃が俺の体に直撃――右腕がメキメキッと音を立てた気がした。そして棒切れの様に軽々と空を舞った俺は茂みから放り出され、最終試験のスタート地点まで戻されていた。
「痛ッ……」
起き上がろうと右腕で踏ん張った瞬間激痛が走る。どうやら骨がイッてしまったようだ。二十年以上生きて人生初の骨折だったりするわけだが、相手も右腕を失っているのだ。条件は五分五分――ここからが正念場である。