束の間の休息③
月が煌々と夜の闇を照らし、星達は静かに夜空に浮かんでいる。先程までの戦いがまるで幻だったかの様に世界は静寂を保っていた。
塾長は楽しむように紫煙を燻らす。煙は焚き火の熱に追いやられ空へと虚しく昇っていった。
立て続けに三本も吸っているのにも拘わらず、まだ旨そうな顔をしているところを見ると、塾長はヘビーでチェインなスモーカーなのかもしれない。
「フゥ……しかしおかしな話なんだよね~。俺が造った島なのに、俺が用意してないモンスターが現れるなんて」
「と、言いますと?」
「ウ~ン……つまりね――」
塾長の話しを余分な部分を省いて纏めるとこうなる。
この島は俺達の住む世界ではなく、別の世界――ルカが住んでいる世界に塾長が造り出したもので、島全体に塾長の結界が張られている。
そして島の天候、気候、モンスター等々、島のありとあらゆる物事は全て塾長の管理下にあり、彼の許可無くしてこの島には入ることも出ることも出来ない。
にも拘らず塾長の管理下にないモンスターが島に現れたということは、曰く、カラスが白くなるくらいあり得ないこと、らしい。
この原因として考えられるのはルカの世界で何か変化があり、その影響がこの島まで及んだのかもしれないということだった。
「――とまぁこんな感じかな」
ひとしきり話し終えると塾長は煙草を焚き火へと投げ捨てた。
「あの、塾長のお話はよくわかりました。でも、それがどういう――」
「あぁ、キミは気にしないでこのまま島を一周してくればいい。この話はルカに関係がある」
「私?」
「そう、今弐鷹君は基本プランで契約してたと思うが、明日もこんなことがあるとなるとゆっくり夜寝れないだろうし、あのモンスター避けでは防げないモンスターが出てきたら大変だから、とりあえず原因がはっきりするまでプチペンションを用意してあげてくれ。あれだったら安心だ」
ぷちぺんしょん?
「あぁ了解了解ぃ~。でも塾長――今回は追加料金いらないから」
いつもの楽天的な表情から一変、ルカは真面目な顔で答えた。
「え、何でまた」
「だってこんな状況じゃ当たり前の措置だし、異常事態とはいえショウを危ない目に会わせちゃったしね。サポート役としては失格レベルだよ――だからこれはそのお詫びってことでタダにしとく。その代わり、早く問題解決してね」
なるほど、昼間と違いよくしてくれる理由が分かった。ルカはこの状況に少なからず責任を感じていたのだ。しかしあのモンスターと戦ったのは塾長の奨めがあったからで、ルカがその様に感じる必要はないと思うのだが、せっかくなので今日一日は甘えよう。
「なんだか悪いね」
「気にしないで、こっちもサポート役としてのプライドがあるから」
「ハハ、ホントお前はガキなんだか大人なんだかわかんないな――さて、話すことは話したし、俺はそろそろお暇するかな」
「え? 帰られるんですか?」
「そだよ。早く問題解決したいからね。ってことでまた何かあったら連絡してくれ。んじゃ」
言って塾長は片手を挙げ立ち上がった。すると体から眩い光が溢れだし、それがフッと収まると既に姿は消えていた。ははぁ……もしかしたらこれが噂のテレポーテーションか。
「すげーな……」
「そりゃそうだよ。塾長私の世界じゃ凄い有名な大魔導師だもん」
ルカは少し得意気に言った。まさか、いや、そうだったのか――どうりで。納得の新事実だ。
「さ、ちょっとそこどいて~」
そう言うとルカは魔法によって小さな建物を具現化した。中は六畳一間の部屋、そしてトイレとシャワールームが付いている。大学生の一人暮らしには持ってこいの部屋だ。
「これが、ぷちぺんしょん?」
「そ、今日は疲れただろうからゆっくりして」
なるほど、ようやく理解した。プチペンション――確かにペンションをプチにした大きさだった。
俺はお言葉に甘えて早速シャワーを浴び、一日の疲れを流す。そしてバスローブに着替えるといざベッドへ。
フワッフワの毛布に体が沈んでいく。芝生には無いこの低反発、流石だ。俺はもう一度立ち上がるとベッドにダイブし、そのまま泥の様に眠りに就いた。