束の間の休息②
この強さは何と表現したらいいか――おそらく今あるボキャブラリーの中にそれを適切に表現出来るものは無いかもしれない。
当の本人はというと俺のそんな気持ちもどこ吹く風で近くの岩場に腰を落ち着かせていた。俺はとりあえずその向かいに座り、塾長の質問コーナーが始まるのを待った。
塾長は胸ポケットから煙草の箱を取り出し、そこから煙草を一本抜くと魔法で火をつけ旨そうに煙を吐いた。禁煙中の俺としては羨ましい限りだ。
「フゥ……さて、どこから話そうか」
「塾長は何でここにいるんですか?」
「あぁ、それはあれだよ。さっき電話した後直ぐに出発したのさ。奴等あぁ見えて仲間意識が強くてね、一匹倒すと群れで仇討ちに来るから」
「いや、そういうわけじゃ……ってかそれがわかってるんだったらわざわざ倒さずに逃げれば良かったんじゃないですか? それに、塾長が助けに来てくれるなんて一言も聞いてませんよ」
「……ふむ、それもそうだけど――それじゃダメなんだよ」
塾長は煙草を根本まで綺麗に吸うと吸い殻を焚き火の中に投げ捨てた。そして新しい煙草に火をつけると言葉を繋いだ。
「キミは俺が助けに行くと言ったら奴とまともに戦おうとしなかっただろう? 逃げろなんて言ったら尚更だ。これが何を意味するか、わかるかい?」
「……いえ」
「では質問を変えよう。教育者にとって大切なことは何だと思う? キミもウチで働くんだ。それくらいわかっといてもらわないと」
「はぁ……」
何だろうか。これと言って思い浮かばない。しかし強いて言うなら……。
「同じ目線で教える、とかですか?」
「なるほど、それも大事だ。けどそれよりももっと大事なことがある」
塾長は一拍おいて続けた。
「それは、なるべく手を差し伸べないことだ」
俺の頭上にクエスチョンマークが現れた。教育者が手を差し伸べないとな? 教育者こそ手を差し伸べるべきだと思うのだが。
「えっと……どういう――」
「ハハハ、これはあくまで持論だから深く考えないでくれよ。いいかい、俺が思うに、人間誰しも一皮剥ける瞬間ってのがある。けどそいつはいつどんな時どんな形で姿を現すかわからない。もしかしたらとんでもない状況の最中かもしれない。いずれにせよそこで大事なのは今言ったようになるべく手を差し伸べないことなんだ。別に助けないと言ってるわけじゃない。さっきのキミの時みたく助ける時だってある。つまり何が言いたいか――」
塾長は俺の反応を伺うように言葉尻を濁した。しかし今の話を聞けばおおよそ塾長が言いたいことはわかる。
「成長しようとする本人に出来る限りの努力をさせるってことですか?」
「そうそう! ざっくり言うとまさにそうなんだ。だから俺はキミにメイジキラーと戦ってもらったんだよ。まぁ実力的に考えれば一匹がギリギリ、一対一でも辛い相手だったろうけど無理な話ではないと思ったからね。事実キミは、気付いてないかもしれないが、あの戦いを乗り越えることで素晴らしい成長を遂げた――逆を言えば戦わなかったらその成長は無かったんだよ」
「……なるほど」
「ま、あれだ、要は手をかけすぎるとダメってことさ」
塾長は自らの話を端的にまとめたくれた。若干まとめすぎている気がしないでもないが、確かにその通りかもしれない。塾長の教育者としての顔を垣間見た気がした。
「なんか難しい話してるね~」
いきなりルカが俺の頭に乗っかってきた。というか今まで静かにしていたことに驚いた。
「ハハハ、ルカには難しかったか? でもお前だっていい大人だろう」
「私は自分のことで精一杯なんです~」
塾長の言葉にルカは子供の様な反応を見せた。確かに自分のことで一杯一杯かもしれない。ただ『いい大人』という部分は少し気になる。
「ねぇねぇ、ところで何であんなモンスターが出てきたの?」
「お、そうだ。そのことを話に来たんだった」
言って塾長は新しく煙草に火をつけた。