島の夜⑤
目が悪くて耳も悪い――まるで老人の様なモンスターだ。しかしあの攻撃力は老人のそれではないことを身をもって知っている。そしてこれから行う最後の仮説の実証は、またあの攻撃を食らう可能性があるのだ。
第三の仮説、第二の仮説と一部かぶるので省略させてもらうが、あのゴブリンは魔力を感知する能力に長けている説。これは一度ならず二度までも魔法を妨害された故に浮かんだ仮説だ。
実証方法はやはり魔法を使うしかないのか――しかし出来るだけ痛いのは勘弁願いたい。俺がそう思っていた時だった。突然ブー、ブーと何かが震えるような音が聞こえてきたのだ。
「あ、電話だ」
ルカの携帯だった。そういえば俺のはバックにしまったまま向こうに置いてきてしまった……いやいや、そんなことより誰からの電話なのだろうか。
「誰から?」
「塾長だよ。さっきショウが石投げてた時にメールしたんだ」
「何て?」
「見たこと無いゴブリンが出てきて困ってますって。もしもし?」
ルカは普通に電話を始めた。
「はい、はい、わかりました。ショウ、塾長が代わってって」
塾長が? まさかアドバイスをくれるのか? 俺は少し期待して電話に……代われなかった。だって小さいんですもの。携帯も妖精サイズになるとより小型化・軽量化が進むようで、とてもじゃないが俺が扱える大きさではなかった。
「う、うん。いや、これ……」
俺が困った顔をするとそれを汲み取ってくれたのか、ルカはスピーカーホンに設定を変更してくれた。これでようやく塾長と会話ができる。
――弐鷹君?
不思議なもので、今なかなか切羽詰まった状況であるにも関わらず、彼の声を聞くと何故か安堵した。
「はい、あ、こんばんは」
――何か大変らしいね。
「えぇまぁ」
――何でも見たことの無いモンスターが出たとか。
「らしいです。見た目はゴブリンとそっくりなんですけど肌が黒くて目が赤いんです」
夜仕様のゴブリンを遠目に伺いながら塾長に伝えた。すると意外にも塾長の声音が変わった。
――それは本当か?
「え、えぇ」
――ふむ……何でそんな奴がそこにいるか分からないが、それは少しマズイな。
「マズイ……ですか?」
――あぁ。詳しい話は省くがそいつはおそらくメイジキラーと言ってゴブリンの亜種だ。特徴は目と耳が悪い。
塾長、それを今確かめていたところです。喉元まで出かかった言葉をゴクリと飲み込む。
――ただ、何より特徴的なのは奴等の主食が他人の魔力なだけあって高密度の魔力体――例えば魔力を込めた魔方陣なんかには超が付くほど敏感なんだ。
「…………」
どうやら第三の仮説は実証するまでもなくなったようだ。そしてその仮説は正しかったようである。ただこの結果から導き出される結論、それは……。
――魔法を使う者にとっては天敵というわけだ。
「ですよね~。話の流れで何となくわかりました」
――ハハハ。ところで敵はどれだけいる。
「どれだけって、一匹ですけど」
――そうかまだ一匹か。
待ってくれ塾長。その、後から増えるかもね的な発言はなんだ!
――俺は今そっちに行けないが、一匹だったらキミ一人でなんとかなるはずだ。頑張ってくれ。じゃ!
「え!? ちょ! 塾長!?」
遅かった。既にスピーカーから聞こえてくるのはプープーという音だけだった。にしてもなんとかなると言ってくれたは良いが、はたしてそう上手くいくだろうか。反撃開始と意気込んだはいいが即返り討ち……なんてことだけは避けねばなるまい。
いやはや反撃の第一段階終了と同時に黄色信号が点灯した気がした。