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終・先輩と後輩と

 

 灰色の大地から太陽がその姿を見ようとしている。夜空から星々が姿を暗まし、黒く染められていた世界に再び色彩が蘇る瞬間である。

 戦いを終えてどれだけ話しをしただろうか。何もない地面に大の字になって寝転がり、時間が経つのを忘れ延々と――アシュレイはその全てを俺に話してくれた。

 生まれた村やギルドで俺と出会うまで、何を見て、何を聞き、何を思い、何を感じたのか。今さらだが、初めてアシュレイとして出会った時に聞いた話なんて氷山の一角にすぎなかった。

 アシュレイはこの国より遥か北に位置する国の、更に山間奥深く――人々の記憶から消え去ってしまった名も無い村に産まれたという。

 一年中雪と氷に閉ざされ、外界との交流などほとんど無く、村人は日々貧困に喘ぎ、しかし喘ぐだけでその生活から脱却しようだなんて考えてすらない――その日を暮らすのが精一杯で明日もわからない、そんな村に。

 そんなもんだから物心付いた頃にはどうやったら村から出られるか、日夜作戦を練っていたらしい。ともかく、そんな環境で育てばまともに育つはずがない。友人も例外でなく、皆揃って堕落の道を邁進していった。だが、そんな中奇跡的にアシュレイだけはまともに育った。それはもちろん何れ村を出ることを考えて生きていたからに他ならない。

 それでも徐々に現実を突き付けられていく。じわりじわりと自分の中から正気が消え失せていくのを感じた。

 ダメかもしれない――そう思い始めたある日のこと。

 滅多に外界から人が来ることのない村に、珍しく客人が現れた。外見は初老の男性。旅の途中道に迷い村を訪れたと言う。

 アシュレイの胸は踊った。この人だ――この人はきっと神様の使者で、この世界から僕を救ってくれるためにやって来たのだ、と人知れずはしゃいだ。

 何も無い村――客人が旅立つ日も自ずと早くなる。村を訪れて僅か二日目での出立だった。その時アシュレイはこう言ったそうだ。

「僕が道案内をします」

 当時俺達で言う中学生ぐらいかの少年が考えた必死の理由。それは客人の道案内を買って出るついでに村を出る――というものだった。

 村人達はアシュレイ一人消えた所で誰も気にしない。かつての友も皆そうである。では何故理由を付けたのか――それは単純に自分の故郷を捨てるのに理由が欲しかっただけだった。理由も無く捨てたくなかったのだ。曲がりなりにも自分をここまで育ててくれた村だから。

 話を戻すが、案内役になったまでは良かった。しかし思いがけない場所に障害があった。それは意外にも客人だった。彼が村を出る直前になって突然、案内役はいらないと言い始めたのだ。アシュレイは困った。折角脱出用の舟を見つけたのに穴が空いていたような――心の断崖から突き落とされる思いだった。

 もうダメだ――万事休す。僕はここで一生過ごすんだ。幼い心を絶望という感情が席巻する。だがこの話はまだ続く。アシュレイの心を察した客人が帰り際、小さな――それこそどこにでもあるような果物ナイフを手渡し彼に囁いた。

「私はそのナイフをこの村に忘れていく。すまないがもし見つけるようなことがあれば――そうだな、あと五年。キミが成長し、一人で旅立てるようになったら、私の所へ届けてくれないか?」

 一瞬意味がわからなかった。ナイフはあるし、この人は忘れていない――。

「でも、その意味がわかった瞬間は思わず――あっ、て言っちゃいましたよ」

 客人はアシュレイに旅立つ理由を授けてくれたのだった。嬉しかった。今旅立てないことは確かに悲しいけど、それでも――。

 アシュレイは旅立つ理由を胸に客人を見送る。その背中が見えなくなるまで、背中に将来の自分を重ねて見送った。想像の中で、自分は手に持つナイフを高々と掲げ、意気揚々と雪道を進んでいた。

 そしてその日からアシュレイは変わった。何れ旅立つその日まで、今自分が出来ることを可能な限りこなしていこうとした。自分を鍛える、そのために。

 この五年は長かった。一日が一年のように長く感じられたのだ。無理もない。まぁ、何れにせよ毎日が大変だったことに変わりはない。何が大変と聞かれれば答えるのは実に楽――生きるのが大変だった。生きるために無我夢中だった。しかしその全ては旅立ちの日のため。そう思うと日々がどんなに辛かろうと耐えることが出来たのだった。

 それから時は流れ五年――あの客人と約束した月日が経ち、幼さは残るもアシュレイは大人へと成長した。

 そして――。

「僕はそのナイフを持って村を出ました」



 

  

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