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続・先輩と後輩と⑧

 

 慎重に慎重に力を注いでいく。イメージが壊れないように、腫れ物に触るように優しく。ただでさえ疲労困憊の上、想像以上の集中力を要求されるこの手段――差し詰め命を削る作業のようだった。

 ゆっくりと時間をかけ、ようやくの思いで作業が終わる。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 もう無理。何も残ってない。スッカラカンだ。辛うじて精神力で意識を保つレベル。最善は尽くした。あとは――。

「帰ってこい……アシュレイ」

 彼の生命力に懸けるしかなかった。もしかしたら、意識を取り戻したアシュレイは、アシュレイであってベルガザールのままかもしれないが、それでもいいから取り敢えず目を覚ましてもらいたかった。

 するとそんな願いが通じたのか、突然アシュレイが声を上げた。

「ゥゥ……」

「アシュレイ!?」

「ウグ……グア、ァァァァアアアッ!」

 いや、違った。アシュレイは激痛に呻く様な声を上げる。体は宙から引っ張られるように反り返っており、今だ彼の中で魔王が息づいていることを窺わせた。

 しかし俺に出来ることはもう無い。有るとすればただ名前を呼ぶだけである。

「アシュレイ! アシュレイ! しっかりしろ!」

 やはり俺には後輩を助けられるだけの力は無いのか――そう思った矢先、アシュレイの体から蒼白いオーラが滲み出てきた。それは当に俺がアシュレイに注いだ破魔の力そのものだった。

 まさか拒絶反応か? 受け入れられなかった? 突然絶望感が襲ってくる。結局何も出来ないのか。そんな――馬鹿な。

 しかし、それもまたすぐ杞憂であることに気付いた。

「ゥゥゥ……ォァァァア」

 今度はアシュレイの口から、その蒼白いオーラに押し出されるようにして、黒い球状の『何か』が姿を現したのだ。

「な、何だこれ……」

 大きさ自体は握り拳一つ分と、それほど大きいものではないが、その大きさからは想像もつかない――触れるのも憚られるような、黒々と、禍々しい力を放っている。そしてそれはアシュレイの口から飛び出すとしばし彼の体の上を漂っていた。

 それはまるでアシュレイの姿を眺めている、というより値踏みしているように見える。対してアシュレイは依然として苦悶に顔を歪めていた。

 間も無くして黒い塊はアシュレイに見切りを付けたかのように、己とアシュレイを繋ぐ、細く黒い糸のようなものをプツリ――自らをアシュレイの肉体から切り離したのである。

 するとどうだろう。アシュレイは今までの苦しみが嘘のように穏やかな顔に戻ったのだ。安らかに眠っているそんな顔である。途端に俺は理解した。

「お前か……」

 お前がアシュレイを苦しめていたのか。お前がアシュレイを魔王へと変貌させたのか。お前が――お前が全ての元凶かッ!

 全身が熱を帯びる。怒りが俺の体を支配していた。そこからは無意識だった。今当に飛び立とうとしてい黒い塊を俺は掴み、怒りに任せて握り潰していた。

 バリン――ガラス玉が割れるような音と共にそれは砕け散り、意識が戻った時には黒い欠片と化していたそれらから、何やら禍々しい障気が滲み、霧散している所だった。

「……ハァ、ハァ」

 収まらない怒りのせいで体はまだ震えていた。しかし、終わった。根拠の無い確信ではあるが今度こそ、全て。それがわかるとゆっくりと怒りが解れていく。そして――。

「ン……ンン」

「――アシュレイッ!」

「先、輩?」

 アシュレイはまるで寝起きのような顔をしていた。人の気も知らないでお気楽な。しかし今まで、どれだけの時間かはわからないが、彼は悪夢を見続けていたのだ。それを思えば――何も言えない。寧ろ「おはよう」と言うべきなのかもしれない。だが実際出てくる言葉はありきたりというか、かっこつける余裕もなく――。

「あ、ああ。俺だ! わかるか!?」

「ハハハ、近いですよ。顔」

 アシュレイはヘラッと笑った。いつもの――笑顔。

「うっせぇ! バカ野郎ォ!」

 色んな意味でバカ野郎ォ! 必殺の右ストレート――と称したへなちょこパンチを放つ。悲しいかな今出し得る全力パンチだったが、それがアシュレイの左頬にクリーンヒットならぬソフトタッチした。

 まったく、どれだけ人を心配させりゃ気が済むんだ――殴った後に何故か視界が滲んだ。

「今のパンチは――」

 言ってアシュレイは頬を撫で続ける。

「痛いですねぇ」

「あ、当たり前だろッ。ったく、今日は一応これぐらいで勘弁してやんよ」

「フフ……ありがとうございます」

 そう言って微笑む彼の笑顔は何時にも増して晴れやかに感じられた。しかし俺としてはまだ安心出来ない。アシュレイの中に奴の影が今だ潜んでいるかもしれないのだ。本当は過ぎた事と口にしたくないが、俺は敢えて確認する。

「ところで――奴は?」

 するとアシュレイもそれだけで察してくれたようだった。胸に手を当て答える。

「はい。今はもう感じられません」

「ハァ……そっか。うん。じゃあ、まぁ、あれだ。取り敢えずアシュレイ――」

「はい?」

「――よく帰ってきてくれた」

 言ってアシュレイの肩を掴む。言葉は無かったがアシュレイは小さく頷きそれに応えてくれた。

 気付けば東の空は少し白んできており、月も地平線へ沈む準備を始めている。昼と夜の境界線が曖昧になり、新たな一日が始まろうとしている。

 今日も一日良い天気になりそうだった。 

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