続・先輩と後輩と⑦
アシュレイは言った。自分は魔王になりきれなかった、と。それはつまり、アシュレイは生まれた時から魔王として生まれたわけでなく、魔王となったのはあくまでも事後的な話であるということである。則ち、何かしらの原因があってアシュレイはベルガザールとなった。
そしてここで一つの考えに到る。
魔王という存在は生まれるのでなく『なる』という存在であれば、逆に『ならない』でいられるのではないか。言うなれば魔王という存在に『なる』前の姿――アシュレイであればエルフ――に戻れるのではないだろうか。それが俺の見つけた光明であった。ただこれは完全に魔王になる前の不完全な状態であったが故に持てる希望であるとも考えられる。
何れにせよ、アシュレイが必死に自制してくれている今、不毛な先輩と後輩の戦いに終止符を打つ絶好の機会であることに変わりはない。
「ちょっと痛いかもしんないけど、我慢しろよ!」
「――――はや、く」
俺は体に残った力を拳に集約していく。破力と魔力を織り交ぜた破魔の力――単体ではなし得ない爆発的な力が集約していく。
そして力が臨界点に達し、全ての力――と言っても戦闘後ある程度動けるだけの力は残してあるが――を拳に乗せるとそのままアシュレイの腹部目掛けて撃ち放った。
「――ァァァァアアアッ!」
名も無い技。全身全霊、本気にして全力の一撃。俺の成長を望んだベルガザールに対する餞。俺に止められることを期待した魔王に対する手向け。そして俺に助けられることを願ったアシュレイに対する答え。
それら全てを綯い交ぜにした一撃が炸裂する。
「グガ……ガアアアァァァ――」
魔王の最後の断末魔。耳をつんざく様な声――しかし自らの宿命から解放されたことを喜ぶ歓喜の叫びにも聞こえた。魔王の声は宵に沈む山脈に木霊し、山脈もそれを優しく受け止める。月はアシュレイを照らし、彼の罪を浄化していくようだった。
そして最後、アシュレイは全て力を失うとそのまま崩れるようにして地に倒れ伏した。
「ハァ、ハァ。終わっ――」
てねぇ。あぶないあぶない。一仕事終わった気になってしまった。
冗談はこれくらいにして俺はアシュレイに駆け寄った。そして横たわったままのアシュレイを抱き起こし声を掛ける。
「アシュレイ! アシュレイ!」
しかし反応が無い。呼吸も脈も微かにだが一応あるから死んではいないだろうが、全くもって目を覚ます気配がなかった。やり過ぎたかもしれない。にしてもちょっとやそっとじゃ目覚める気がしないのも事実。
ならどうする? 回復魔法? それとも柔破動? いや、あれはそもそも自分に対してしか使えないし……。何れにしても今一つ決定力に欠ける気がしてならない。と、ここでふと思い付いた。新しいアプローチだ。
破力と魔力――二つを合わせた破魔の力をアシュレイの生命力に還元出来ないだろうか。二つを合わせられれば回復量も並外れていることだろう。たぶん。
いや、考えるより動け。思考より試行だ。
俺は素早く準備を済ませると残り僅かな力を両の掌に集中させる。あとはイメージ。元々回復手段を持ち合わせていないこの状態で、攻めの力を守りの力に還元するにはイメージが大事になってくる。
「傷を癒す、傷を癒す――」
傷が塞がっていく様子を思い浮かべ、ゆっくりと力を変遷させていく。そしてイメージが完全にまとまった所でアシュレイの胸にそっと掌を置いた。
そしていよいよ力を注ぐ段階に到る。緊張の一瞬――。
「フゥ……戻ってこい――アシュレイ!」