続・先輩と後輩と⑥
助けて――その一言で十分だった。その一言を聞けただけでよかった。アシュレイが俺に助けを求めている。敵対するでもなく反発するでもなく、ただ単に助けてくれと言ったのだ。先輩としては期待に応えるしかないだろう。
舞台は調った。調った後にどうやったらアシュレイを助けられるのか――なんて無粋なことは聞かない、というか聞けない。ここは一先ず眠らせてみるか。だったら――。
「アシュレイ! 今から全力でお前を倒しにいく! 死なないようにお前も本気で来い!」
すると俺の言葉が伝わったのか、アシュレイは小さく唸った。そして最後の力を振り絞るためか大きな咆哮を上げると獣のように肩で呼吸し、まるで準備万端と言わんばかりに俺を睨め付けてきた。なるほど、彼の中で魔王たる部分は今だ健在のようだった。
では、と俺も準備を始める。両手に破力と魔力を纏わせ――合掌。吹き荒れる風が収まると共に破魔双装を終えた。するとそれを見計らったようにアシュレイが雄叫びを上げる。
「ゥゥ……グォォォオオオアアアアッ!」
それはまるで最後の戦いの始まりを告げる鐘のようだった。
刹那――アシュレイの姿が消えた。正解を記するならば見失った。破魔双装を以てしても尚見失う速さ――それは猛獣化したデュランのそれを凌ぐ速さかもしれなかった。全力で来いとは言ったものの驚きは隠せない。しかし、それでも負けるわけにはいかない。アシュレイを守り、助けるために。
背後に鋭い殺気を感じた。俺は振り返らずに横に跳躍しアシュレイの攻撃を交わす。そして追撃を仕掛けてくるアシュレイを迎え撃った。
アシュレイの一撃一撃から伝わってくる感情――怒り、憤り、悲しみ、哀しみ、寂しさ、淋しさ、蔑み、憐れみ、孤独、絶望。それらを一人で抱え込んでいたのかと思うと此方の心が押し潰されそうになる。しかしそれ以上に助けを求める気持ちが伝わってきた。拳で語るとはよく言ったのである。
「――ガァッ!」
「――チィッ」
リミッターが外れたのかアシュレイの攻撃が激化する。受けるのですら難しくなっていく。このままでは――そう心に焦燥感が生まれた時、ふいに攻撃が弱まった。
「セン……パイ」
「アシュレイ!?」
僅かにだがアシュレイの眼に再び正気の光が灯っていた。
「もう心、ガ限界みた、イ。ハヤク、僕が体ヲ、オサエ、ている今の、ウチニ――止めを……」
言ってアシュレイは小さく微笑んだ。祝賀会の帰り、別れ際に見せたあの笑顔だった。
「バ、バカ野郎! ふざけんなッ! 俺が絶対助ける! 待ってろッ!」
「フフ――貴方なら、止メテくれ、ると、思って――タ」
「何?」
「僕ハ、魔王になりキレなかっタ――我は、望マナカッた。ヒトヲ、殺め、ること……ヲ」
アシュレイの言葉を聞き、瞬間的に塾長の言葉が思い出さされた。
『魔王にも完全不完全があるらしい』
もしかするとアシュレイは――否、ベルガザールはその不完全な魔王だったのではないだろうか。魔王としての責務に疑問を感じ、拒絶する。しかし体は責務を全うしようとヒトを殺し続ける。結果、心と体に不一致が生じ、自分ではどうにも出来なくなってしまう。
まぁ、それを放っておくと後にどうなるかは知ったことではないが、アシュレイが今に至った経緯をなんとなく理解出来た気がした。
そして更に言うと、いよいよアシュレイを助けられるかもしれないという一筋の光明が見えた気がする。何故か――それは彼の言った一言が原因だった。