続・先輩と後輩と⑤
魔王はその後もまくし立てた。敵対する俺が言うのもあれだが、それは単なる罵声でなく溢れんばかりの感情――のように感じられた。強く、激しく、果たして怒りによるものなのか――しかしアシュレイの顔は何故だか今にも泣き出しそうな顔をしていた。
俺にはわからなかった。逆に何故そんな顔をしているのか俺が聞きたいくらいだ。
「――何故本気で戦わない!」
「十分本気だ」
「違う! 違う違う違う! 貴様の本気はそんなものではない!」
敵に擁護されている?
「いや――」
「否定は認めん! 我は認めんぞ! 我は見ていたのだ! この一ヶ月――」
言って魔王は言い淀む。そしてこの一ヶ月を思い起こすように瞳を閉じ、続ける。
「貴様が強くなっていく様を――成長していく様をその傍らで見ていたのだ! だからこそ言える! 貴様は全力を出しきっていない!」
今の言葉はベルガザールのものなのだろうか。口調は奴のものだが話す内容はアシュレイのもののように思える。
一つ言えるとすれば、破魔双装を使わないことが、それ則ち全力を出しきっていないということであるのはわかる。全力とは全ての力だ。使わない力があっては全力ではない。しかし全力と本気も違う。本気は力云々以前の問題だ。だからこそ俺は本気で戦っていることに違いはなかった。
しかし魔王が言うように破魔双装を使わないのは少し意識していた。使えば勝てる自信はあるが、果たしてそれで勝ってもいいのだろうか、と。
いや、もっと言えば心のどこかでアシュレイを倒すことに躊躇いがあった。やはり身内を殴るということは気分的によろしくない。とは言え魔王として対峙した以上平和的解決など木っ端を微塵にした一粒すら考えてはいないが。
「全力で戦え」
「なぁ……アシュレイ」
「………………」
魔王は返事をしなかった。自分はベルガザールだと言い張りたいのか、それともアシュレイとして返事をすることが自分の立場上憚られるのか――。
「なんでそこまで俺の全力にこだわる? お前は俺の成長を見るために決着を先伸ばししたんじゃないのか? 現に俺はお前と対等に渡り合ってるだろ。それ以外に何を求めるってんだ?」
「我は……」
ん?
「我は……戦わねばならない。強者と――そして殺さねばならない。ヒトを――それは我が魔王だから、魔王たりうるためだからだ。ヒトは根絶やしにせねばならない。そう、守らないとヒトを。僕はイヤだから。殺すのはもうイヤ、だから。殺すの? 守らねば――」
「何?」
突如として魔王の文脈が支離滅裂し始めた。ヒトを殺すことと守ることの間で葛藤があるような――そんな雰囲気ではあるが。
「わからぬ。わからない。我は殺さないと……僕は守らねば……イヤだ――イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ」
「お、おい」
「ゥ――ゥゥ――ァァァァアアアッ!!」
今度は何だってんだ! それは初めてベルガザールと邂逅した際に聞こえてきた咆哮に似ていた。大気を震わす叫び声はしばし続いた。そして全てを出し切ったのか魔王はだらりと首を落とした。
「……大丈夫、か?」
ゆっくり歩を進めながら問い掛ける。
「――アァ」
言って言葉にならない音を溢しながら魔王が静かに顔を持ち上げる。その瞳は灰色に濁り正気を失っているようだった。
「アシュ……レイ」
俺の呼び掛けに反応した魔王――否、アシュレイは肩を震わせ俯いた。そしてやっとの思いで言葉を繋ぎあわせ口にする。
「ク、ウゥゥゥ……先輩――」
「な、何だアシュレイ!」
体が思わず前のめりになる。アシュレイが俺に何かを求めていた。俺は決意する。アシュレイが何を求めようとそれに本気で、全力で答えようと。
そしてアシュレイは顔を上げる。その紅く燃えるような瞳には涙が滲んでいた。俺は聞き逃すまいと全神経を集中させる。
それはあまりにも小さく、掠れて、今にも消えてしまいそうな言葉だった。が、俺は確かに聞いた。耳に届いた。魔王でもなくベルガザールでもない、アシュレイ=メルクリウスの、後輩の――心の叫び。
「……助けて」