続・先輩と後輩と③
質問に対する返答は勝利を交換条件に承知された。果たしてそれは揺るぎ無い勝利への自信からなのだろうか。今の俺に知る術は無い。
その問答を最後に、俺と魔王の間に僅かばかりの静寂が訪れた。況んや嵐の前の――である。それは静かであればあるほど、これから始まるであろう激闘を暗に知らしめるかのような静けさだった。
ジリジリと互いに距離を詰める。間合いは既に重なり合っておりいつ動き出してもおかしくはない。張り詰める緊張のお陰で額からは既に大粒の汗が姿を見せていた。
対峙を始めてどれだけの時間が流れただろうか――然して進んでいないだろう時計の針を見ることは叶わないが、もう何時間もこうしている気がしてならない。だがここで痺れを切らした方が後手に回ることは確かだ。我慢強く、辛抱し、時を待つ。
「……来ないのか?」
すると思いがけず魔王が口を開いた。もう痺れを切らしたか。
しかしそんな安い挑発に乗れるほど若くない。が、挑発されっぱなしは癪に触る。俺からも一つ挑発を仕掛けようと思う。それも、確実に動かざるを得ないような――。
「お前こそ……なッ!」
俺は破魔双装の準備を始めた。これはアシュレイであった者なら威力やらは存じているはずであり、だからこそ止めたいと思うはず。それにもし破魔双装を纏わせてしまえば魔王自身勝てる見込みは大分下がるはずだ。
「チッ!」
魔王はすかさず気付いたようである。直ぐ様妨害に討って出てきた。だがこれはあくまで挑発のためのフェイクだ。本気でやるつもりは更々無い。だからここで魔王を迎え撃つはカウンター攻撃。突っ込んで来る魔王目掛け両の掌を向ける。片や魔力を纏い、片や破力を纏うそれを。
「これでも食らえッ!」
まず剛破動による攻撃。白打三の型――龍虚砲圧縮した破力を龍の姿に似せて放つ剛破動である。
「なッ!?」
完全に虚を突かれた魔王はモロに龍虚砲をくらう。俺は間断無く攻撃に移った。
「炎弾ッ!」
久しぶりに登場した気がする魔法であるが、この程度の魔法ならば詠唱破棄出来るようになったことが細やかな成長とも言えるだろう。
「クッ」
魔法による攻撃までもクリーンヒットする。さすがの魔王も絶え間無いカウンターに一瞬怯んだように見えた。俺はその隙を逃さず、一気に間合いを詰めて殴りかかった。
両腕で顔を隠すように防御していた魔王が俺の接近に感付き、殻から頭を出す亀の様に――僅かに防御が甘くなる。そこに遠慮無しのパンチを――と思ったその瞬間、魔王の顔がアシュレイであることに気を取られてしまった。そのためワンテンポ遅れた俺の攻撃はものの見事に空を切る。
「ク、ハハハハハハッ! やはり非情になりきれんようだなッ! それが貴様等ヒトの弱さなのだッ!」
ベルガザールはアシュレイの顔で魔王の様な台詞を吐く。反吐が出そうだ。
「――かもな。だったら一つ確認させてくれ。俺が今戦っているのはベルガザールか? アシュレイか? 何度も言うが俺が倒しに来たのはあくまでベルガザールだけどな」
「フッ――ベルガザールだと言ったら?」
「言うまでもない」
「ならばアシュレイと言ったら?」
「ゲンコツ有りの全力お説教、だな」
「それはつまり――」
「いずれにしてもお前はボコボコってことだな」
この一言は俺自身を戒めるものだったかもしれない。