続・先輩と後輩と②
俺の目の前――前と言っても恋人同士がイチャつける程の距離ではない――に魔王が悠然と笑みを浮かべながら降り立った。
大きな翼は畏怖の象徴、血を思わせる真紅の瞳は恐怖の象徴――それは間違いなくベルガザールのそれであり、目の前に立ちはだかる魔王を俺は知っていた。
知っていたが、それはこの場合正しい表現と言えるかわからなかった。というよりこの状況が俺にはわからなかった。否、わからなかったというよりも受け入れることを体が拒否している――それが正しい表現かもしれない。
今一度その姿を見てみる。背中から生えている一対の巨大な翼、赤々と輝く瞳、天を衝く角。しかしその顔はどこからどう見ても――。
「アシュ……レイ」
「ハハハ、随分な驚きだな」
言って魔王は不敵に笑った。その顔で、そんな風に笑うな。
「お前は――誰なんだ?」
「我か? それはお前が一番わかっているだろう。なぁ……ショウ」
ッ!? 何故俺の名前を知っている? 前回会った時俺は自分の名前を明かしていない。つまりベルガザールは知る由もない。にも拘らず俺の名前を知っているということは、可能性として一つしか考えられない。
「お前――やっぱりアシュレイなのか?」
「フム、それは半分正解だな。我は貴様の言う通りアシュレイであり、ベルガザールでもある。ベルガザールであり、アシュレイでもある」
魔王の言葉をゆっくりと咀嚼し理解に努める。が、受け入れ難い事実であることに変わりはなかった。
「……ってことはお前ずっと俺の側にいたってことか?」
俺の質問に対して魔王は首肯して答える。つまりはこの一ヶ月弱、こいつは俺の側にずっと居たわけだ。
「そう驚くなショウ。いや、先輩か? ハハハハ――しかしあの餓鬼達を連れてこなかったのは何故だ? 一人で我に敵うとでも思ったか? ん?」
お前に先輩などと呼ばれる筋合はないとは、アシュレイの顔に向けては言えなかった。子供達に関して言えば魔王の言う通りであるが、この状況を鑑みると連れてこなくて正解だったと思う。
「お前は……俺が一人で倒すさ」
「クククク、アシュレイ=メルクリウスを、か?」
「ち、違う! 俺が今日倒しに来たのはベルガザールだ! アシュレイじゃない!」
「ならば、今貴様が見ている者の名前を述べてみろ」
そう来るか。そこを攻めて来るか。けどやはり今目の前にいるのはベルガザールだと思う。アシュレイはこんなせこい事をしてくるような奴じゃない。俺は魔王の目を見据えて答えた。
「魔王ベルガザールだ」
「フン――つまらん奴だ。だが、まぁいい。今宵は貴様の成長を見る場でもあるからな。この程度で心が折れなくて逆に良かったかもしれん」
言って魔王はゆっくりと戦闘体勢に入った。
やはり目の前にいるのがあの魔王ベルガザールだとわかっていても顔はまんまアシュレイだ。戦い難いことこの上無い。だからと言って戦わないわけにはいかない。
「な、なぁ戦う前に一つ聞かせてくれないか?」
「何だ? それはベルガザールに対してか? それとも――」
「アシュレイに対してだ」
すると一瞬の間を置いてから魔王は口を開く。
「……言ってみろ」
「何故ギルドに来た?」
これは率直な疑問――当然の疑問である。何故、わざわざ俺達の味方をする様な真似をしたのか。本来人を蔑むような輩であれば最も選択しないであろう選択であるはずなのに。
「…………さぁな」
「ハ、ハァ? おま、さぁなって、おい!」
「フン、ならば――我に勝てたら教えてやろう」
そのやり口はデュランのそれそのもの。やはり今目の前にいる魔王の中にアシュレイはちゃんと存在している――俺は確信した。