先輩と後輩と④
ミネルバと別れた俺は街を出て一人山脈への道を辿っていた。前回はアベル達三人と一緒に歩いた道だ。
今は季節が季節だけに陽射しは尋常でなく暑い。加えて照り返しがあるから質が悪い。額から滝の様に滴る汗を拭いながらの行軍だった。
しばらくして太陽が空高く昇り、それはもう遠慮無しに全力で大地を照らす頃――ようやく山脈の姿を捉えることが出来た。やはり子供がいない分早く進むことが出来たようだ。
しかし目的地というのは視界に捉えてからが長かったりする。ここからが踏ん張りどころだ。俺は黙々と粛々と、律動的とは程遠い既に暑さでよれよれな歩調で先に進んだ。
まぁ残念なことに一人旅であるため誰と話すわけでもなし、これと言って面白い話が有るわけでもなく、何を考えるにしても下らないことであるため、少々強引とはわかっているものの致し方無く――。
目的地に到着した。
「フゥ――長かったわぁ。さすがジェスラー山脈! ホント、戦う前からヘトヘトだぜッ」
特にツッコミを入れてくれる人もいないので、今回ばかりは最後吐き捨てるぐらいの勢いで乗り切ってやったぜッ!
さて、とりあえず時間になるまで奴を待つとしますか。俺は荷物を広げ軽食の準備に取り掛かった。やはり腹が減っては戦は何とやら、である。そして細やかな食事を済ませるとびっくりするぐらい暇になった。
「やべぇ、やることねぇ」
仰向けで横になりながら空に向かって呟いた。本の一つや二つ持ってくればよかったと今本気で後悔している。さて、どうしたものか――。
と、考えている内に今までの出来事が走馬灯の様に思い返されてきた。別に死ぬ寸前でもないが沸々と。そして所々で思い出し笑いが込み上げてきた。
こうして考えると俺は色々な思い出を抱えていたことに気付いた。何気無い日常の一幕然り、非日常的な一幕然り。すると何故か無性に、日記を書いておけば良かったと再び後悔が姿を見せた。
しかしこれはまだ挽回出来るレベルの後悔ではないだろうか。そう思った俺は早速携帯を取り出しメモ帳機能を選択する。
「日記がダメなら――」
携帯小説だ! 我ながら単純で安易な方向性の怪しい結論に至ったものである。しかし指を走らせるとこれが面白いように話が進む。全ては電車で見かけたチラシが始まりで、そこから島に飛ばされルカと出逢い、この世界でアベルとエルリックとフィリアと出逢った。ギルドに入りデュラン達と知り合って魔王と戦った。そして後輩ができた……と。
おお、なかなか文章になっているじゃないか。随所に拙さを醸し出しつつもそれはそれでまとまっているように見える。何より話はファンタジックな内容だが、全てが実体験――ノンフィクションであるため程よいリアリティーが組み込まれているように感じられる。フフフ、来たれ小説大賞。と、ここまで書いてある事に気付いた。この小説にまだ題名を付けていなかった。
「題名ねぇ――」
俺は別に勇者でも賢者でもない。単なる予備校の講師の一アルバイトであって資格浪人生なのである。特徴が無いことが特徴だ。強いて言うなら成人していることぐらいだろう。自分のことだから誇大表現も許されるだろうがアルバイトが勇者は突飛過ぎている気がして気が引けた。
題名がなかなか決まらないため先に小説の中身を進めることにしたが、話はいつの間にかこれから始まるであろうベルガザールとの戦いに近付いていた。ここまで事実に沿って書くと小説というより、それこそ日記のまとめ書きに近いかもしれないが敢えて伏せておこう。
「さて、どうするか……」
まだ結果が出ていないため俺の指が止まる。ここからは色々な意味で実力が試される気がする。暫し頭を捻って知恵を絞り――。
「よしッ!」
自分の決意と共に話を進める。そして最後に題名を書き込んだ。
『成人男性、魔王を倒す。』