先輩と後輩と
「おいおいマジかよ……」
そう言って珍しく面食らっているのは真向かいに座るデュランだった。デュランは歯切れ悪く口をモゴモゴさせ頭を掻いている。
「――で、家は?」
隣に座るプリシラが紫煙を燻らせながら問いかけてきた。いつもの様に振る舞ってはいるがその表情は暗かった。
「蛻の殻でした……」
今朝いつもの時間になってもアシュレイが姿を見せず、待てど暮らせど一向にギルドへやって来る気配が無かったので、昨晩のあの横顔が気にかかったというのもあって俺はアシュレイの家を訪ねたのだ。しかし結果は今プリシラに答えた通り――蛻の殻だった。
「……フゥ。どこほっつき歩いてんだかあのバカッ」
言ってプリシラはご機嫌ナナメといった様子で煙草を灰皿に押し当てた。
場所はギルドの休憩室。向かい合う二つのソファに俺、プリシラ、デュラン、そしてミネルバが座っている。何故このメンバーになったか――それを話すと約十分程遡るわけだが……俺は最初アシュレイ失踪の件をプリシラに相談した。すると話の内容が内容だけに大勢の前で話す訳にも行かず休憩室に場所を移すことにしたのだった。
ソファに座りプリシラが煙草に火を着け――と、そのタイミングでデュランとミネルバがやって来た。二人はプリシラに用事があったようだが。で、色々世話をしてくれたという好から結局デュランとミネルバも交え、根掘り葉掘りと言える程無い情報を開示し今に到る。
しかし斜向かいに座るミネルバは思う所があるのかどうかは知らないが、ここへ来てアシュレイの一件を聞いてからずっと沈黙を保っていた。
「――それで? 他に何か思い当たる節は無いのかい?」
そうプリシラに尋ねられ必死になって思い出してみる。しかし昨晩のあの横顔から感じた儚さみたいなもの以外はもう何も思い出せなかった。しかもそれは俺の思い過ごしかもしれないあやふやな情報である。ここで開示するのは如何なものか。となるともう本当に何も無い。裏を返せばそれほどまでにアシュレイとの記憶は短く楽しいものでしかなかったということだろう。
「すいません……」
「もう手詰まりかい――ったく」
プリシラは苛立ちを隠す素振りなど見せず、その思いの丈を空になった煙草のケースにぶつけた。クシャッと紙の潰れる音がする。
「ねぇショウ――」
とここで初めてミネルバが口を開いた。
「はい?」
「別にアンタを責めるつもりじゃないけど気付かなかったのかい? あの新人にこういう危うさがあったってことに」
「……え?」
「ハァ……アンタなら気付いてくれると思ってたんだけど」
ミネルバは明ら様に凹むと静かに項垂れた。だが俺としてはまったく意味のわからないことであり、何と返事したらいいのか当惑するばかりだった。するとそれを見ていたデュランが口を開いた。
「いや~よ、新人がここに来てすぐだったか、こいつが言ってたんだよ――アイツは昔の自分にそっくりだって。他人を信用していない、真っ黒な眼ぇしてたってな。でもそんときはお前がいるから特に心配はしてないとも言ってたんだ」
「ちょ、余分なこと言ってんじゃないよ!」
言ってミネルバは顔を少し赤らめながらデュランの大きな二の腕をペシッと叩いた。そしてバツが悪そうにしつつも続けた。
「ま、まぁあれだよ。早い内に新人見つけてやんな。ああいうのは放っておくと取り返しがつかないことになるよ」
「――はい」
俺はプリシラの座っている場所を眺めながらう頷いた。
そこは初めてアシュレイと出会った時、アシュレイが座っていた席だった。