終・代表選考会⑨
会場の空気がビリビリと震えた。デュランの殺気に恐怖しているようだった。
「クッ――」
俺は直ぐにデュランの腕を振り払うと一旦距離を取った。クソ、こんな手間取っている時間なんて無いのに。
「――ロス」
「??」
「ぶっコロスッ!!」
「ぅえッ!?」
キレてらっしゃる!?
「ハアアアァァァァァ――」
デュランは両手を大きく広げると息を吐く。そして全てを吐き出すと言葉にならない咆哮を上げ猛烈なスピードで突っ込んで来た。だが今の状態ならば避ける事は難しくない。俺はデュランの突進をマタドールよろしく交わすと背後に回っ――。
「ゥラアアアッ!」
何!? 野獣と化した彼は背後の俺に向かって、的確に右の裏拳を放ってきた。
それに対し咄嗟に右腕を以てガードする。デュランの質量というか重みが体の芯に響くような攻撃だった。
時間の無い中でまさかの反撃――焦りが募る。しかし『急いては事を仕損じる』なんて言葉が有るように、着実に作戦を成就させるためには冷静沈着でなければならない。
「――フゥ」
一つ呼吸を挟み熱くなりつつあった頭をクールダウンさせ流れを変える。そしてふと頭に浮かぶ策――具合としては中の上程度か。
「デュランさん。今から三十数える間に終わらせますよ」
「ぁあッ?」
「三十秒で貴方を倒すと言っているんです」
安い挑発。ただでさえキレている彼にはこれで十分だった。
時間に関してはこの状態を維持して戦える残りの時間であるためシビアであるが、この策の狙いはデュランに更にキレてもらう――つまりは頭に限界まで血を上らせてもらい動きを単純化させることにある。
「ンナメてんじゃねぇぞゴラァァァァアッ!」
予想通りの裏切らない反応だ。その咆哮は野獣から猛獣へ格上げされたかもしれない。一瞬後悔の念が心に湧いて出たが蓋をしておく。
ここからは息継ぎする間もない攻撃の応酬だった。まさにラストスパート――全ての力をデュランにぶつける。
そしてどれだけの拳が打ち交わされただろうか。どれだけの蹴りが斬り交わされただろうか。どれだけ勝利への執念をぶつけ合っただろうか――当の本人達ですら覚えていない、覚えていられない程それらの応酬を繰り返したその後――。
「ッァァァァァァアアアッ!!」
と俺の叫び。
「だらァァァァァアアアッ!!」
とデュランの咆哮。
互いの、渾身の力はもちろん剥き出しの勝利への執念、万感の思いを込めた拳が放たれた。
幾十幾百と重なりぶつかり合った二つの拳――それが最後の最後に互いの軌道を反れ、遮るものが無くなった拳達は互いの顔に狙いを定める。
コンマ一秒が一年に感じる様な時間の中で、俺の瞳がデュランの拳を捉えた。迫り来る恐怖――しかしもう止まらない。止められない。止めたくない。
この拳よりも速く自分の拳をデュランに届けるため。防御なんて考えない。捨て身、相討ち覚悟のストレート。
刹那――会場に戦いの終焉を告げる鐘の音が響き渡った。否、鐘の音ではない。鐘の音に似た衝撃音だった。俺自身それに気付くのに数瞬を要す程だった。そして衝撃音であることを認識し、その発生源を認識したのは更に後だった。
拳から伝わる抵抗感――うっすらと瞳を開けると拳の先にデュランの顔があった。デュランは静かに口を開く。
「へ……へへへへ。まだ、まだぁ……」
言ってデュランは満面の笑みを浮かべ、その場にゆっくりと崩れ落ちたのだった。
「ハハ――ハハハハハハ。勝っ――」
た、と言う前に制限時間が終わりを迎える。限界を超えた強さを手に入れるための代償――俺の体から全ての破力が、全ての魔力が失なわれた。
結果俺もデュランと同じくゆっくりとその場に崩れ落ちたのだった。