終・代表選考会⑧
衝突し、反発し、嫌悪し、相反し、拒絶し、互いの存在を否定しあう魔力と破力――二つの力は俺の手の中で大いに暴れ続ける。俺は今にも弾き飛ばされそうになる両手を必死に抑えた。
「な、何だそりゃ……」
デュランの声が聞こえる。が、それに答えられるほど余裕は無い。魔力と破力を同一時点で同一の支配下に置くためには想像を絶する精神の集中力が要求されるのだ。
二つの力を支配下に置く――それはまるで水と油を混ぜ、分離しないよう更に混ぜ続ける様な感覚にも似ている。
だがそれを為し得て初めて作戦は実行に移されるのであってまだ作戦は始まっていない。
「せ、先輩!?」
アシュレイは突然の出来事に驚いているようだった。
もう少し……もう少しだ。武舞台で舞う風が、魔力と破力が支配下に落ち着くにつれ次第に収まっていく。
そしてようやく、最初は目を細めてしまう程だった風が――止んだ。
「フゥ――お待たせ」
全身から力が湧き上がるのを感じる。心地好い興奮が心を満たしていくのを感じる。好戦的になっていく自分を感じた。
「先……輩?」
「行くぞアシュレイ」
「あ、あのその髪は――」
「あぁ、これ?」
言って真っ白になった自分の髪を指差し更に続ける。
「よくわかんねぇけど副作用みたいなもんじゃない? って、そんな話してる時間無いからもう行くぞ」
「あ、あ、は――」
俺はアシュレイの返事を聞き終える前に動き出した。今の俺には無駄にする時間どころか有意義に利用したい時間すら無いのだ。
それにしてもこの状態だと軽く歩を進めたつもりでも、そのスピードは風を切るよりも速く、風を感じるよりも迅い。
俺は自らが瞬きをした瞬間よりも速くデュランの目の前に立っていた。
「ッ!?」
この試合――否、この大会始まってこれほど面食らったデュランの表情は初めて見る。いい気味だ。
「驚くのはまだまだこれからですよ」
言って俺は右拳をデュランの腹部に深々と突き立てた。と同時にデュランの巨体がくの字に曲がる。
対応が遅れたせいで腹筋に力が入ってなかったからというのもあるかもしれないが、それでも自分のパワーアップには自分でも驚いた。
「――グハァッ」
出来ればここで何か一言カッコつけた言葉を言いたいが如何せん時間が無い。残念だが言葉で語るより拳で語るしかなかった。
俺は前のめりになっているデュランの顔面に更なる追い討ちをかける。デュランは俺の攻撃を受けると後方に吹き飛ばされていった。
「デュランッ!」
叫んだのはもちろんミネルバだ。彼女はデュランが負ったダメージを瞬時に悟ったようで直ぐ様相方を追いかける、が――。
「行かせませんッ!」
言って駆けつけたのが我が相棒のアシュレイ。ミネルバとデュランの間に割り込むように彼女の前へ立ちはだかった。
俺はアシュレイに目もくれずデュランに迫る。
「くく……グ、クソが――」
さすがデュランである。僅か二撃で想像以上のダメージを受けているだろうに、もう立ち上がろうとしていた。しかしさすがだなんて言っていられない。出来ればそのまま寝ていてもらいたい。
「ッァァァァァァアアア!!」
片膝立ちまでしているデュランに俺は渾身のストレートを放った。そして俺の拳が、厚みのある壁を殴った様な音を立てデュランの頬に突き刺さる。突き刺さり――そのまま止まった。
「ッ!?」
「ってぇなぁ……」
デュランは口から血を流しつつも俺の腕を掴む。その力は今だ健在だった。
「な――」
「ってぇっつってんだゴラァァァァアッ!!」
それは野獣の咆哮を聞いているようだった。
そしてその咆哮と共にデュランからかつて感じたことの無い殺気が放たれた。