島巡り⑤
それからというもの俺は魔力のいろはを体の芯からルカに叩き込まれた――文字通り何度拳を叩き込まれたかわからないが。しかし彼女のスパルタ教育は少々難があるものの、要点を押さえた極めて上等な授業であり、本来ならば数日かかると言われる魔力の使用法も僅か二時間で体得することができた。
「いよいよ最終試験だ……」
ルカに言われた最終試験。それはもちろん魔法を使うこと。俺は緊張しながらも指先を宙に置く。
「岩を砕き地を駆ける、昂る炎我が敵を弾け……」
指先をゆっくりと動かし何も無い空間に魔方陣を描いていく。そして全て書き終えるといよいよそこに魔力を込めた。
「フレイムバウンド!」
魔力の注入と同時に魔法の名を叫ぶ。すると魔方陣からスイカ大の火球が飛び出し、遥か先に見える大きな岩に直撃した。火球はそのまま爆発して岩を砕き、その破片のいくつかが足下にまで飛んできた。
瞬間、俺の体はまるで金縛りに会ってしまったかのように硬直した。我が強靭な心をもってしてもこの驚きと喜びを御するのは些か難しかったようである。リアクションを飯のタネにする様な芸人であったら間違いなく仕事を失うレベルのノーリアクションであった。
「お~お~、上出来上出来」
しかしルカに至っては全く普通に振る舞っていた。おそらく彼女にしてみれば日常の一風景でしかなかったのであろう。
「ん? どした?」
ようやく彼女は俺の異変に気付いた。そして微動だにしない人間に対してほぼお約束と言っても過言でない行動――つまりは「おーい」と言いながら顔の前で手を振るという古典的な行動に出たのである。
「………………」
リアクションがない。ただの屍のようだ。
「つぇい!!」
見かねたルカが俺の右頬にグーパンチをしてきた。これはこれで意外と痛く、ようやく俺は意識を取り戻した。
「お、おぉ……いきなり何だよ」
「少しはリアクションしたらどうだ!」
「いやぁ――何も言えねぇ」
気持ちは一昔前の金メダリストである。
「ったく、こんなチンケな魔法使えるようになっただけで何を驚く」
「……ごめん」
何故か謝ってしまったが別に悪いことをしたわけではないはず――いや、思うに彼女としてみれば教えた側としてもう少し喜びを顕にしてもらいたかったのだろう。そう考えると今のパンチと憎まれ口はその裏返しに違いなかった。
「で? 使ってみてどう?」
「え? あ、うん……スゲーな」
感情が目盛を振り切っているせいか簡単な言葉しか出なかった。しかし俺の感情を呼び覚ますにはこれで十分だった。
スゲーという言葉が脳内でリフレインする。何度も何度も。これは一種の自己暗示に近かったかもしれない。言葉は次第に実態を帯びていき、俺の感情に実感として語りかけてきた。
「あぁスゲーな。うん……やっぱスゲーな!」
俺のテンションが急激に上昇し始める。鼓動が高鳴り全身の毛穴から熱を発しているようだ。ダメだ。これは押さえきれん!
「スゲーーーーーーーーーーッ!」
これを人は絶叫と言うのだろう。全身を震わせ喉を震わせ、思いの丈をぶちまける。が、こういうことは一人でするべきで、極力他人様の迷惑にならないように気を付けなければならない。もしそれを怠るのであればある程度のグーパンチは覚悟することをオススメする。
「うるさーーーーーーいっ!!」
ルカの会心の一撃――差し出したつもりは無かったが今度は左頬だった。