終・代表選考会②
決勝戦が始まった。それと同時に喚声が洪水の様に押し寄せてくる。しかし――俺とアシュレイはその場から動かなかった。
『これは意外や意外! 会場の熱気とは裏腹に静かな立ち上がりだぁッ! 新人タッグは怖じ気づいてしまったのか!?』
否、これは試合前にアシュレイと決めた歴とした作戦である。
俺達の脳裏にあのジャイロの姿が浮かんでいた――というのも有るが、それよりも重要なファクターとして、勢い任せで突っ込み結果出鼻を挫かれる様なことになりたくない――というのがあった。
試合にはやはり流れというものが付き物で、普通の相手なら一度傾いた流れであっても盛り返すことは可能かもしれないが、今目の前にいる二人からそう出来る気がしない。
だからこそ、有利にならないまでも不利にはならないように行動するという作戦――最初は落ち着いて行動するという作戦を選んだのである。
「ほう、少しは考えてるみたいだね」
口を開いたのはミネルバだった。その口振りからして俺達の考えてることは全て見透かされているようだ。
「無い知恵絞って頑張ってますよ」
「ハハハ、謙遜たぁ良い心掛けだねショウ」
言ってミネルバは高らかに笑った。ところが俺の直感が唐突に――来る、と告げた。
刹那――ミネルバは不敵な笑みを見せると詠唱も無しに魔法を放ってきたのだ。
「火炎の巨槍ッ!」
突如宙に現れる魔方陣――そこから放たれる巨大な槍を象った炎の塊。それは凄まじい速さで武舞台を疾り俺達に向かってくる。
「飛べッ」
俺は叫んだ。相手はもちろん後ろに控えるアシュレイに対してである。
炎の槍が描く軌道を読み俺は回避行動に移った。と、その時――。
「先輩ッ!」
突然アシュレイが俺を呼ぶ。一瞬意味がわからなかったがその意味を理解するのに時間は掛からなかった。
「ハッハーッ!」
「ッ!?」
デュラ――。
「ぶっ飛べーーーッ!」
目前に迫っていたデュランがその右拳を俺の顔目掛けて放ってきた。その破壊力たるや――。
「先輩!」
アシュレイの声を耳にしつつ俺は吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、綺麗に着地してみせた。
「――大丈夫だ」
言ってアシュレイを一瞥すると俺はデュランに殴られた左手を二三度撫でた。ったく相変わらずの馬鹿力だ。
「ハハハ、よく見てるじゃねーか!」
「――どうも」
『くぅぅぅぅうッ、ようやく決勝らしくなってきたじゃねーかッ!』
実況の言う通り会場は更なる熱気に包まれているようだった。しかしこうもオーディエンスが盛り上がると自然と此方のテンションも上がるというもの。
俺はその熱気に当てられぞくぞくと武者震いが――こういうノリは嫌いじゃない。むしろウェルカムである。となると自然と口から出てくる言葉は……。
「行くぞアシュレイ!」
「え? あ、もう作戦変更するんですか!?」
「時には群衆の期待に応えるのも道化の仕事なのだよ、アシュレイ君。ですよね、デュランさん」
「へへ、ちげぇーねぇ」
「ちょっとちょっと、ここにいるのは女優だよ? 道化なんかと一緒にしないでおくれよ」
とミネルバ。少しの間武舞台を和やかな雰囲気が包む。しかし少しの間――だ。
「援護しろアシュレイ!」
「了解!」
俺は勢いよく飛び出した。