続・代表選考会④
スタッフに呼ばれ俺達は選手控室に移動した。後は呼び出しが掛かるまでここで待機していろ、ということだった。
アシュレイは落ち着いた様子でソファに腰掛け、悠々と用意された飲み物を飲んでいる。しかしそんな後輩を尻目に先輩の俺はというと――。
ヤバい。なんか凄い緊張してきた。というか何故か動悸と目眩と過呼吸と吐き気と頭痛がしてきた。どうしよう、試合始まる前に死ぬかもしれない……。
ただでさえ本番に弱い俺が、その本番で無謀とも言える行為に出るのだ。それほど緊張するのも無理はないだろう――なんて考える余裕があるはずもなかった。
「先輩、少し落ち着きましょう」
「う、うぬ」
「うぬって――」
俺はアシュレイの隣に座るとガチガチに震える手で飲み物――プリシラ特製ドリンクらしい――を口に運ぶ。
「ってうわッ! せ、先輩こぼし過ぎですよ~。どんだけ緊張してるんですか」
「ご、ごめ」
「ハハ、いいですよ。先輩は試合に集中して下さい」
今は出来るだけ試合のことを考えたくないのだが後輩。
「大丈夫ですって先輩」
「う、うん……」
言って俺は一先ず落ち着こうと深呼き――。
「ショウさん、アシュレイさん、準備お願いしまーす」
ってぅおおいッ!! まだ心の準備できてねぇーから!
「はい。じゃあ行きましょう先輩」
「え? あ、いや、ちょ、ま――」
「はいはい、行きますよ」
アシュレイは無理矢理俺の腕を掴んで控室を出た。
部屋を出ると少し薄暗い場所に移動した。目の前には大きな門があり、その向こう側にはあの武舞台へ繋がる花道が伸びている。
俺達は門の前に立ち出場者を紹介する実況のアナウンスを待った。あのアナウンスが流れると同時に門が開き、俺達は武舞台に上がることになっている。
うん、流れはわかっている。だからあとは俺が落ち着くだけだ。とりあえず掌に人の字を書き三回飲む。
「先輩、何やってるんですか?」
「え? あの、あれだ。落ち着くおまじないみたいな」
「へぇ――で、落ち着きました?」
「うん、まったく」
「効き目の薄いおまじないなんですかね」
「……さぁ」
と精神のクールダウンにあくせくしているととうとう相手選手を紹介するアナウンスが聞こえてきた。それと同時に沸き上がる声援。
「ど、どうしようアシュレイ」
「大丈夫です。僕が付いてますから」
「お前すぐ武舞台降りるじゃんッ!!」
「いや、ですから心の話です。心の」
アシュレイの腕にしがみつく俺とそれを宥めるアシュレイ。果たしてどちらが先輩なのか既に怪しくなっていた。
そして心の準備が終わらぬ内に運命の瞬間が訪れる。
『さぁこの二人に挑戦するのはこいつらだぁッ!!』
「え、うそ、もしか――」
「僕達ですよ。さ、しゃんとして下さい!」
俺はアシュレイから引き剥がされて直立させられた。
するとそれとほぼ同時に目の前の門が大きな音を立てながら開き始めた。門が開くとその間から会場の光と熱気が飛び込んでくる。それに当てられ俺の膝が爆笑を始めた。
『鮮度で言ったら間違いなく今大会ダントツのナンバーワンッ! なんたって我らがギルドの新人タッグッ!! 果たしてその実力はいか程かッ!? 知られざる実力が今日明らかにッ! 大会屈指のダークホースッ! ショウ=ニタカッ、アシュレイ=メルクリウスーーーッ!!』
俺達の紹介が終わる。随分と誇大表現された気がするが……。
「さ、行きましょう」
「……う、うし」
震える膝を前に出し武舞台へ向かう。
その花道――会場の喚声がスコールとなって俺を襲った。もう膝どころか全身が爆笑を始めたのかと思うほど体が震えていた。しかしそんな先輩を尻目にアシュレイは依然平然としており、尚且つ優雅に手なんか振ってやがった。
悔しいが絵になる男だった。