12 ■爽香が刑務所行き?編
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【あらまし】(主人公2人による『刑務所行き?』コミカルエピソード。爽香VS丹沢、住民課窓口第3戦)
新人ボートレーサー速水爽香の所に裁判所から、転入届が遅れたことによる過料6千円支払いの通知が来た。
爽香は美浦市役所に行き、丹沢に向かって
爽香「それ立て替えて払っておいてくれない? これ払わないと私、刑務所に入るのかな」と言う。
それに対して丹沢は、
丹沢「え、え、えーっ、なんで私が。お言葉ではありますが、お客様は先日、10万円ほどお持ちだったようですが?」と切り返す。
さて、この過料6千円の支払いは、いったい誰がするのか?
それとも爽香は刑務所へ?
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【主な登場人物】
速水爽香 20歳女 女子ボートレーサー
丹沢純也 30歳男 美浦市役所住民課主事
明石春菜 34歳女 美浦市役所住民課主任
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【前書き】
●この小説には多くの数字が出てきます。そこで読者の皆様が読み易いように横書きとなっております
●多人数での会話も多いことから、誰が話しているのか、すぐにわかるよう会話の頭に台本形式で、氏または名を付けて表現しました
●この物語はフィクションです。実在の個人・団体、実際のレースとは一切関係ありません。ボートレーサーと市役所職員をモデルに、フィクションとして制作されたものです
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【01】 爽香「もし、刑務所に入ったら、あなたのせいね」
ある日の夕方、突然爽香が美浦市役所にやってきた。住民課のカウンターには、丹沢が座っていた。
爽香は足早に丹沢の座っているカウンターに近づいて来て、
爽香「こんにちは」
丹沢「こんにちは。今日のご用件は何でしょうか?」
丹沢と爽香は、先日のラブホテルの一件でかなり親しくなっていたが、丹沢は仕事中であり、隣に同僚職員もいたことから他人を装った。
爽香「来たわよ、過料の支払い通知書が」
爽香はバッグから封筒を取り出してカウンターの上に置いた。過料とは、住民票の異動手続きが遅れたための、いわゆる軽い罰金のようなものであった。
丹沢「来ましたか」
爽香「はい、これ」
通知書をカウンターの上に差し出した。
丹沢「中を見てもよろしいですか?」
爽香「どうぞ」
丹沢はその通知書を開いた。
丹沢「6千円か。まぁ妥当でしょうね」
爽香「ねぇ、それ立て替えて払っておいてくれない?」
爽香は丹沢の立場も構わず、甘えるような声を出した。
丹沢「え、え、えーっ、なんで私が。お言葉ではありますが、お客様は先日、10万円ほどお持ちだったようですが?」
丹沢は、周りの目を気にして「自分が貸した」とは言えず、そう言った。
爽香「あっ、あれね、6月分、7月分の家賃で支払ってしまったわ。家賃がちょうど5万円なのよ。だから、2か月分でピッタリ払いました」
丹沢「そうでしたか」
それを聞いた丹沢は、ちょっとショックだったが、周りを気にして慌ててショックを隠した。
爽香「『立て替えて払って』って言っても、ちょっとの間よ」
丹沢「ちょっとの間?」
爽香「ええ、ちょっとの間。それ今日届いたの。私が今、出かけようとしたら、一階の郵便受けに入っていたのよ。それなのに支払期限が3日後なのよ、ひどくない?」
丹沢「そうですね。ちょっと支払期限が短いかも知れませんね」
爽香「私これからどうしても旅に出なくてはいけないの」
丹沢「旅に?」
丹沢は、その言葉にキョトンとした。
丹沢(なに気取っているんだろう。旅じゃなくて『ボートレース蒲郡』だろうに。こっちは、しっかりあなたの出場予定を『速水爽香 出場予定』で検索したんだから)
爽香「そう旅に。しかも遠いところへ」
丹沢「全国あちこちに行かれるんですか?」
爽香「まぁ、そんなところね。でも南の方が多いかしら」
丹沢「なにか聞いていると、映画に出て来るフーテンの寅さんみたいですね」
爽香「そうね、ひとり旅だからね」
丹沢(旅ではなく、地方へ稼ぎに行くところが寅さんに似ているのに。もう、気取っちゃって)
丹沢「遠いところって、今度は愛知県の海の方とか?」
爽香がそれには答えず、丹沢に目くばせした。爽香は周りの職員にボートレーサーだとバレたくなかった。
丹沢「旅は一週間ぐらいですか?」
爽香「そうよ。だから、明日、これ銀行で払っておいていただけないかしら?」
丹沢「えーっ、私がですか?」
爽香「だって、もう銀行は開いてないし、お金もおろせないでしょ」
丹沢「まぁ、そうですね」
丹沢(預金なんか無いくせに)
爽香「それに誰かに頼むって言っても、私、ここに引っ越してきたばかりでしょ。誰ひとりとして、知り合いがいないのよ」
丹沢「お隣も?」
爽香「おばちゃんが住んでいるけれど、付き合いも無ければ名前も知らないわ。それにあまり好きじゃないのよ。そりが合わないみたい」
丹沢(確かにあのお隣さんじゃな)
丹沢「お友達は、いらっしゃらないのですか?」
爽香「友達は居るけれど、みんな、とーーーおくに住んでるの。近くには誰も居ないわ」
爽香は『遠く』を強調して言った。
丹沢「そうでしたか」
隣に座っている市職員の春菜が丹沢に耳打ちした。
春菜「ダメですよ払っちゃ、絶対に戻ってきませんから」
それが聞こえたかのように爽香が言った。
爽香「やっぱり無理よね。これ払わないと私、刑務所に入るのかな。刑務所ってどんな所かしら?」
丹沢「過料ですから、そんなことはないでしょうけれど」
爽香「もし、刑務所に入ったら、あなたのせいね」
丹沢「えーっ、私のせい?!」
爽香「だって、こうしてお願いしに来たのに、」
丹沢「わかりました、わかりました。いいですよ、私が払っておきます」
春菜「ダメよ! ダメダメ!」
丹沢(お前は、お笑いコンビの『日本エレキテル連合』か!)
爽香「私だけへのサービスは、あなたが前に言ってた『日本国憲法第15条』とかに違反するんじゃないの? 大丈夫?」
丹沢「違反します」
爽香「違反するのに、やるの?」
丹沢「公務員としてではなく、丹沢個人としてあなたの代わりに支払います。これなら問題ないでしょう」
爽香「ありがと。あなたってやっぱりいい人ね」
爽香「じゃぁね」
爽香は片手を挙げて手を振るのではなく、五指だけ曲げ、振り返ることもなく風のように去って行った。
春菜「立て替えて払ったら、あの子、絶対返さないから。お金、戻ってこないよ」
丹沢「戻ってこないかぁ~」
春菜「戻ってこないわよ、旅に出るというのも本当だかどうだか、怪しいもんだわ」
丹沢「そうだよな」
春菜「そんなの払わなくてもいいんでしょ? あの子、刑務所に収監されればいいのよ。少しは痛い目に遭わないとね」
丹沢(『しゅうかん(収監)』聞き慣れないことばだなぁ)
丹沢「そうかも知れないけれど」
春菜「払っても本人のためにはならないでしょ?」
丹沢「そうですね。でも今回だけです」
春菜「今回だけじゃないでしょ、たしか一年前にも同じようなことがあって、その娘は二度と姿を現さなかったでしょ?」
丹沢「忘れました」
春菜「都合のいい頭ね」
丹沢「人間忘れるから生きて行けるんです」
春菜「そうよねぇ、失恋だって忘れないと次へは進めないものね」
丹沢「あぁ、今日もいいことをした」
春菜「まったくもう! 人が良すぎるんだから。困ったものね」
丹沢「わははははは」
豪快に笑い飛ばした。
丹沢は爽香も帰り、一段落したところでトイレに行った。歩きながら、
丹沢「『しゅうかん(収監)』ってなんだ? 文章の前後から考えれば『刑務所に入る』ってことか? どんな漢字を書くんだ?」
丹沢はひとりつぶやき、トイレに入った。
丹沢「『しゅうかん(収監)』って恐ろしいのか?」
そこに国民年金課長の井手五郎が手洗い場で何かを洗っていた。
井手「いやぁ『しゅうかん』ってのは恐ろしいな」
丹沢「あっ課長! 聞いてましたか?」
井手「うん。しかし、君、よくわかったな」
丹沢「えっ! なにがですか?」
井手「私がパンツを洗っていることだよ」
丹沢「えっ?」
井手「いやぁ、まいったよ」
丹沢「何がですか?」
井手「いや、ね、いつも大便するときに、ズボンを降ろして、パンツを降ろして、用を足す訳だ」
丹沢「普通そうですね」
井手「ところが今日は、寒いからタイツを履いて来たんだよ」
丹沢「それが何か?」
井手「『降ろす、降ろす、大便をする』このリズムがすっかり身についていたんだよ」
丹沢「ええ」
井手「だから、いつものように便器に座り『降ろす、降ろす、大便をする』をしたらパンツの中に大便がぎっしり、」
丹沢「ははははは」
井手「いやぁ『しゅうかん(習慣)』ってのは恐ろしいな」
丹沢「ははははは。そうか、ズボンを降ろして、タイツを降ろして、そこで排便しちゃったんですね」
井手「うん」
丹沢「で、大便は?」
井手「パンツから全部綺麗に手で掻き出して便器に流したよ」
丹沢「几帳面ですね」
井手「で、今、ここでパンツを綺麗に洗っているんだよ」
丹沢「課長、綺麗好きですもんね」
井手「うん、まぁな。丹沢さん内緒話なんだが、ちょっと耳を貸して、」
丹沢が耳を課長の方に寄せた。すると課長が濡れた両手で丹沢の両ほほをさすった。
丹沢「ひゃっ!」
井手「ははははは」
丹沢「まったくもう、お茶目なんだから」
井手「ははははは」
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【後書き】
本編をお読みいただき、ありがとうございます。
今回の物語は、役所のカウンターという「日常」と、ボートレーサーという勝負の世界に生きる爽香の「非日常」が交差する瞬間の可笑しみ(おかしみ)を描きました。
住民課の職員である丹沢と、どこか浮世離れしたボートレーサーの爽香。二人のやり取りは一見、世間知らずな女性に振り回されるお人好しな役人の構図ですが、その実、丹沢は彼女の正体(レース予定)を密かにリサーチ済みです。互いに手の内を少しだけ隠しながら、絶妙な距離感で展開される「過料金の立て替え」という奇妙な交渉劇を楽しんでいただけたなら幸いです。
そして物語の後半、緊迫(?)した「収監」という言葉の響きが、国民年金課長のトイレでのうっかりミスによる「習慣」へと転じ、さらには濡れた手でのいたずらへと着地する……。
シリアスな公務の場であるはずの市役所が、人間の業や愛嬌で溢れる場所に変わる瞬間を大切に執筆しました。
現代を生きる人々の小さくも温かい(パンツの中まで温かい)繋がりを感じていただければ幸いです。
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たくさんの作品の中から本編をお読みいただきありがとうございました。m(__)m
皆様に愛される作品となりますよう努力を重ねていく所存です。m(__)m
重ね重ね御礼申し上げます。本当にありがとうございました。m(__)m
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【ポイント応援のお願い】
最後までお読みいただきありがとうございます!
「収監」と「習慣」……。恐ろしいのは、丹沢さんの人の良さか、それとも課長の洗濯風景か。
もし「課長、その手で触っちゃダメ!」とツッコミを入れたくなった方は、ぜひ画面下の**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、ポイントで応援**していただけると嬉しいです。
皆様の応援が、丹沢さんの良い性格の持続と、私の執筆の励みになります!
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