出立
今回より、毎週月水土、19:50更新です。
弟の葬儀は、小雨が降りしきる中、粛々と執り行われた。
墓地は小高い丘の上にあり、海が見える。曇天を映した灰色の水面は、サカリを見送る人々の暗い心を写しているようだった。
屈強な漁師たちの手で、棺が穴に下ろされる。それは、船大工のタナンが用意した、上等な木材でできていた。
墓の周りには故人の家族とディンキーの一家、それに、近所の人々の姿がある。その外側にも、村中の者が雨具も持たずに立っていた。
そこかしこですすり泣く声が聞こえる。
母親のフィオナ。昔から世話を焼いてくれた隣のおばさん。
肩を寄せ合い、身を震わせているのは、密かにサカリへ想いを寄せていた村娘たちだ。
だが、ベルムの目を濡らすものはなかった。
涙など、弟の遺体を家に運ぶまでに、砂浜で出尽くしていた。
ヘイゲルが祈りを唱え始めると、人々は目を閉じ、胸の前で手を組んだ。
「……母なる神、シトカナのもとで、彼の魂が安らぎを得ますように」
最後の文句が終わり、空気がわずかに緩む。
参列者たちは順にシャベルを手に取り、穴に土を入れた。棺桶はすぐに見えなくなり、ほどなく土が周囲の地面よりも拳ひとつ分ほど盛り上がった。
その真上に、両腕に抱えられる程度の平たい石が乗せられる。
名は彫られていない。この村には石工もいなければ、文字を読める者もいなかった。
すべてが終わり、人々は丘を後にした。
ベルムだけが、石の前で立ち尽くしていた。
―――
旅の支度には数日を要した。
最初の目的地、フォーブルまでは、徒歩で二十日ほどの道のりだ。準備は入念にする必要がある。
装備を身につけた息子に、椅子に座ったフィオナが小さく微笑む。
「いいんじゃないの?」
サカリの死から立ち直ってはいない。それでも、この数日で多少の落ち着きを取り戻したようだった。
「ああ、似合っているぞ」
タナンも誇らしげに息子を見た。
「へへっ」
ベルムははにかみながら、身体を見下ろした。
麻のチュニックに薄手の麻ズボン。腰帯をきつく締め、底を張り替えたばかりの革靴に足を通す。
これらは村を出るときのいつもの格好だ。違うのは、肩に食い込む重みだった。
分厚い麻布を重ねて縫い上げた大きな肩掛け袋――中身は防寒着に寝具、日持ちのする食料、野営の道具。揺れるたびに布と布が擦れ、乾いた音を立てる。
油を染み込ませた防水布も、上に括りつけた。これで、雨が降っても安心だ。
腰帯には、小さな革のポーチ。中には僅かな路銀に針と糸、火打石。その隣には、使い慣れたナイフ。
重くないと言えば嘘になる。だが――どれも、父母が吟味を重ねて見繕ってくれたものだった。
深い愛と、これから待ち受ける道のりの長さが、ベルムの胸を締め付けた。
――そして出発の朝、村の入り口には、両親、村長、そしてディンキーの姿があった。……ジギーの姿はない。
雨は降っていない……かといって晴れているわけでもなかった。
「これを」
ディンキーが差し出したのは、ひと振りの片手剣と鎖帷子だった。
「高価ではないが、いいものだ。昔、私を守ってくれた」
「でも…」
言葉が詰まる。
それは、本来であればジギーが受け継ぐべきものだった。
「気にするな。道具も、最も必要とする者に使ってもらった方が良いに決まっている」
ベルムは頭を下げ、ありがたく受け取った。嬉しさよりも、申し訳なさが勝った。
そして、期待が重くのしかかる。
村長からは、貴重な軟膏が入った貝殻を手渡された。
「移植の跡が痛むことがあれば、これを塗って冷やすと良い」
分厚く固い手が、貝殻を持つベルムの手を包み込む。気分が少し楽になった。
「それじゃあ…」
これ以上長引くと決意が鈍りそうだ。最後に父母に向き直り、ベルムは口角を上げた。
「ベルム!」
たまらず、フィオナが息子に抱き着く。その外側から、タナンが力強い両腕で二人を包み込んだ。
「死ぬな」
父はそれだけ言った。
三人はしばらくそうしていたが、ほどなくして腕をほどき、体を離した。
「行ってきます」
それだけ言って踵を返す。
ティリルは深く頭を下げ、ベルムの肩に乗った。
道が曲がって入り口が見えなくなるまで、ベルムは何度も振り返った。
見送りの四人は一歩も動くことなく、若者を見送っていた。
ジギーはついに現れなかった。




