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啓示

「シトカナ様」


 ピクシーが初めて口を開き、深々と頭を下げた。鈴が鳴るような、軽やかな声だった。


「ティリルよ、ご苦労でした」

 シトカナと呼ばれた女性がピクシーを労う。


(シトカナ......)

 ベルムは心の中でその名を反芻した......そして、


「シトカナ!?」

 素っ頓狂な声を上げる。


 女神はゆっくりと目を向けた。その冷ややかさに、ベルムはすぐに口をつぐんだ。


 サカリはというと、ぽかんとした表情で彼女を見上げている。

 唇がかすかに動き、「女神様......」と呟いたように見えた。


「なぜ、関係のない者がここにいるのですか?」


 ティリルと呼ばれたピクシーは姿勢を正し、顔を引きつらせた。

「えっと......その......」


「なんです?はっきりと言いなさい」


 詰め寄られ、ティリルはおずおずと上目遣いになる。


「間違えました......聞いていた容姿と全く同じでしたし、年齢も合致していたので......」


 シトカナは一瞬眉をひそめ、ピクシーを一瞥した。それからため息をつき、首を傾げる。


「案内役のティリルを除けば、勇者以外の者がこの空間に入ることはできないはず......何者ですか?」


 問いは明らかにベルムに向けられていた。

 話す許可が得られたと理解し、ベルムは首を垂れて答えた。

「シオマ公国、トイ男爵領、シノ村――タナンの息子ベルムです」


 できるだけ畏まり、落ち着いた声を出そうと努める。

 しかし次に女神の口から出た言葉は、そんなベルムの努力を木っ端微塵に砕いた。


「そうではありません。勇者サカリとどういう関係なのかと聞いているのです」


 勇者?サカリ?


 衝撃的な単語の羅列に理解が追いつかない。先に反応したのは弟だった。


「今、僕のことを勇者とおっしゃいましたか?」

 驚きの表情のまま、確認するように尋ねる。


「ええ、貴方は私が選んだ今代の勇者。すぐに旅に出るのです」


 女神の言葉は、今度はサカリへ向けられていた。

 ベルムに向けられた冷ややかな視線とは異なり、わずかな熱が混じっている。


「では、そこの――ティリル殿は、兄を私と勘違いしてここに連れてきたと……」


 サカリの言葉に、ティリルは肩をすぼめ、小さく首肯した。


「なるほど……兄弟……。しかも背格好を見る限り、双子のようですね」


 そう言って、女神は二人を交互に見た。

「勇者に双子の兄とは――初めての事例です……。精神が類似しているのか、あるいは身体が同一のためか……」


 何やら考え込んでいる。

 神にも予想外のことがあるのだと、ベルムはなぜか親近感にも似た感情を覚えた。


 その逡巡を遮ったのは、勇者と呼ばれた弟だった。


「あの……」

 おずおずと女神に声をかける。


「それで、私は貴女様に選ばれ、魔王討伐に向かうということでしょうか?」


 突拍子もない内容だが、本人は既に半ば受け入れているような口ぶりだった。ベルムは思わず弟の横顔を見た。いつもの軽口は影を潜め、目だけがまっすぐだった。


「そうですね……兄であればどうせ知られること……。ここで話しても問題ないでしょう」


 女神は小さく頷き、佇まいを正した。


「十八年ほど前、最北の地ソルヤで魔王が誕生しました」

 淡々とした声。だが、その一言だけで空気が変わる。


「貴方はこれから、このティリルとともに神器を集め、これを討たねばなりません」


 サカリは喉を鳴らし、唾を飲み込んだ。

 女神は少し間を開け、続ける。

 

「期限は二年後の夏――『干草の月』の満月の夜……巫女が十八歳となって最初の満月の夜です。それを過ぎれば、魔王は巫女を吸収し、覚醒する――地にヴリルが満ち、魔族が大陸を闊歩する世が到来することになるでしょう」


 ――ヴリル。これも伝承にある言葉だ。

 女神を源泉とするマナと対を成す、邪神ヴレヴィクラの力……。

 ベルムは地獄のような世界を想像し、息を呑んだ。


 だが『巫女』なるものの存在は知らない。サカリも同じ疑問を抱いたのか、兄の内心を代弁するように問う。


「巫女とは、何なのですか?」


「勇者や魔王と同じように転生を繰り返す存在……。マナを大地に流し、生命に活力を与えるものです」


 女神は淡々と説明する。


「しかし、魔王が巫女の力を手に入れれば、今度はヴリルが満ちる……。だから、その前に何としてでも阻止する必要があるのです」


 そこでベルムの脳裏にひとつの疑問が浮かんだ。考えるより先に、言葉が口をついて出る。


「では、魔王討伐よりも、巫女の保護を優先すべきではないでしょうか?」


 言った瞬間後悔する。先ほどの冷ややかな目を思い出したからだ。

 しかし女神は、意外にも「ほぅ」と少し感心したような顔を向けた。


「確かに、それも有効な手のひとつです。ですが、今回はもう手遅れなのです」


「と言いますと?」


「貴方たちがラミーナと呼ぶ少女……彼女こそが今代の巫女なのです」


 ベルムの背筋がひやりとした。


「巫女が勇者の近くに出現したのは全くの偶然――これも初めての例です。まったく、今回は例外が多いですね」


 後半は、少し苛立ち交じりの口調だった。巫女が攫われたことそのものよりも、予想外の出来事が続いたことが気に食わない――そんな響きがあった。


 その態度が気に食わなかったのか。定かではないが、サカリが強い口調で詰め寄る。


「では、なぜ今、僕の前に現れたのですか?もっと早くその……神器?を手に入れていれば、ラミーナを失わずに済んだかもしれないのに!」


 女神は僅かに眉をひそめた。


「それは、貴方の精神と肉体の成熟を待っていたからです」

 思いのほか、厳しい言い方だった。


「それらが一定水準に達しなければ、勇者として使命を負うことはできません」


『大局に私情を挟むな』

 そう言っているように、ベルムには聞こえた。


「さて」


 女神は淡々とした元の口調に戻り、サカリへ向き直る。諫める様子はもうない。

 そして、おもむろに右手を差し向けた。


「ぐっっっ!!」

 サカリが声を漏らし、胸を押さえた。


 服の下から光が漏れている。


「熱っ!」


 たまらずシャツを脱ぐ。

 左胸が輝いていた。眩しすぎて、何が光っているのか判然としない。


 サカリは仰天して胸に目を落とす。痛みは引いたらしく、表情は落ち着いていた。

 恐る恐る胸に手を伸ばす……光は次第に収まっていった。


 ようやく、そこにあるものがはっきりと見て取れる。


 左の胸に、こぶし大の紋章が刻まれていた。今はもう、淡い光を残しているだけだ。


 五つのひし形が円を描くように配置された模様――女神の紋章だ。目の前の祠にも同じものが彫られている。


「旅の先々、然るべき場所でこの紋章を見せなさい。助力を得られることでしょう」 

 そう言い残すと、女神の姿が徐々に薄れだした。


「あのっ」

 サカリが手を伸ばす。だが女神はにこりともせず、そのまま消えていった。


 気づいたときには白い空間は消失し、二人はいつもの静かな入り江に佇んでいた。――否、もうひとり、ティリルもその場に残っている。

 居心地が悪いのか、もじもじと指を合わせていた。


 双子は無言で見つめあった。

 しばらくは波と風、キブの葉の擦れる音だけが辺りに響いた。


「えらいことになったな」

 ベルムが先に口を開いた。


 サカリは頷いてこれに応え、次いで、「よかった」と呟いた。


「何が?」


 すぐには理解できなかった。ラミーナを攫われた挙句、世界を背負うような宿命を与えられて、何が『よかった』と言うのだろう?


「まだ手遅れじゃないんだ……この手でラミーナを助けることができる!」 


 決意の表情だった。戸惑うだけの兄とは対照的だ。

 ベルムには、弟が遠い存在になってしまったように感じられた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。次話以降は毎週水土20時ごろ更新です。

※活動記録に舞台となるラナル大陸の間位置図を貼っています。


なお、次回2/11は2話同時公開です。

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