高貴な人
今回から不定期更新になります。(頻度はさほど落ちません)
浜でラミーナが手招きしている。くるくるとした巻き毛が海風でなびき、頬に張り付く。
「ベルム、サカリ!はやくはやく!」
双子は彼女に追いつき、両脇に並んで歩いた。
ふざけ合いながら浜に足跡を残していく。幼い頃から幾度となく繰り返された、幸せな日常だ。
「おーい」
前の方から声が掛かる。三人より二つ歳上の幼馴染だった。
「ジギー!」
ラミーナが声を一段高くしてその名を呼び、アーモンド形の目が輝く。
双子には向けない表情だった。
ベルムの胸の奥に、ずしりとした感覚が落ちる。
ラミーナは二人を置いてジギーに駆け寄り、腕を絡めた。
歩き去る恋人同士の背中を、ベルムとサカリはただ見送っていた。
―――
目が覚める。見慣れない天井だ。
顔を横に向けると、クッションの上でティリルが安らかに寝息を立てている。
ベルムはそっとベッドを降り、水差しの水を金属の杯に注いで飲み干した。乾いた喉に潤いが戻る。
ビロード張りの椅子に座り、部屋を見回す。
王宮を訪れた貴族が泊まる部屋なのだろう。王の書斎ほどではないが、本来であれば、船大工の小倅如きが寝起きして良い場所ではなかった。
二泊しても未だ、ここの空気に慣れない。
絹の寝衣は羽根のような肌触りだったが、それがむしろ居心地悪い。ベルムは頭を振り、さっき見た夢について考えた。
親同士が仲の良い四人は、物心つく前から一緒。その中でジギーだけが年上で、いつも皆のまとめ役だった。
ベルムとサカリがまだ子供で、虫や魚を追いかけていた時、ジギーだけはラミーナを見ていた。彼女が惹かれたのは必然だったように思う。
『女か』
王の言葉を反芻する。
弟の遺志を継ぐ。そして、友達を助ける。
それは確かだ。だが、彼女を救うことでこの胸のわだかまりが多少は解けるのではないか……そんな情けない期待があるのも事実だった。
(どうして勇者の任を負うのか)
改めてそれを自問する。
少なくとも、『魔王を倒し世を救う』といった類の崇高な理由ではないことは確かだった。
その時、扉を叩く音がした。朝食だろう。
「どうぞ」
入室を認めると、その声でティリルも身を起こした。
「お食事をお持ち……」
メイドが言い終わらないうちに、別の人物がその脇を抜けて部屋に入ってきた。
メイドは驚き、盆を持ったまま立ち止まる。
「勇者様!」
玉を転がすような声とともに、目の前に少女が立つ。ベルムと変わらない年頃だろうか、朝だというのに、やけに元気が良い。
思わず息を呑む。
(綺麗だ)
それが率直な感想だった。
これが貴族の女性か。そう思わせる気品がその子にはあった。
赤銅色の髪は丁寧に梳かれ、琥珀色の瞳は曇りなく澄んでいた。肌は健康的に焼けてはいるものの、驚くほどきめ細かい。
労働と呼べるものなどしたことがないのだろう、腰に添えられた指先には傷ひとつ見当たらず、爪先まで手入れが行き届いている。石鹸と花油の香りがした。
――村で知っている“綺麗”とは、尺度が違う。心の中でラミーナと比較する自分がいた。
「下がっていいわよ」
少女が声をかけると、メイドは卓に盆を置き、頭を下げて扉を閉めた。
呆気に取られるベルムの前で、少女は膝を折り、丁寧に首を垂れる。
「お初にお目にかかります。第十八王女のネドラと申します」
「王女...…」
ベルムはオウム返しに呟き、椅子から腰を浮かせた。
「そんな、あの、頭を上げてください!」
肩に触れるわけにもいかず、あわあわと手を動かす。
王女は頭を上げ、上目遣いにベルムをじっと見つめた。長いまつ毛が震え、ぱちりと瞬く。目を合わせるだけで、姿勢が正される思いだった。
「ちょっと、急に入ってきて何よ。失礼じゃない?」
背後からティリルの声が飛ぶ。
相変わらず無礼な態度だ。人間の身分など、どうでも良いのだろう。
「あら、可愛い妖精さん。勇者様のしもべかしら?」
「しもべですって!?」
ティリルが真っ赤になって抗議する。
「私は勇者の案内人!しもべなんかじゃないわ!」
「それは失礼」
王女は鈴のように笑い、ピクシーにぺこりと頭を下げた。
「それで、どういったご用件で?」
ベルムは慎重に切り出した。王女と密室で二人きり――正確にはティリルを入れて三人だが――この状況を第三者に見られてはまずい気がする。
「それはもちろん……」
王女が向き直る。
「これから旅に同行するんですもの。その挨拶ですわ」
言葉を飲み込むのに時間がかかった。
「何言ってるの!?」
間髪入れず、ティリルが声を張り上げる。それは、ベルムの心を代弁したものでもあった。
「『勇者いでし時、各種族より選りすぐりの戦士を選び、これを勇者にあてがうべし』知らないの?」
王女は片眉を上げてティリルを見た。
「知ってるわよ!だから言ってるの!」
ベルムもうなずき、口を挟む。
「失礼ですが……殿下はその……戦士には見えませんが」
「あら」
王女は輝く笑顔を浮かべた。
「戦士という言葉の定義は?古文書にはそんなもの書かれていませんでしたわ」
屁理屈だ。だが、自信満々の彼女に言い返せるような知識をベルムは持ち合わせていなかった。
彼女は淀みなく言葉を続ける。
「お父様から貴方の話を聞いて、私、すぐに立候補しましたのよ」
そして両手を胸の前で合わせ、うっとりと呟いた。
「ああ、なんて名誉なことなんでしょう!女神さまが遣わされた伝説の勇者様に同行させていただけるなんて!」
「はぁ!?あんたみたいな女の子連れていけるわけないでしょ?ベルム、何とか言ってやってよ!」
「ああ……」
さすがにこれはまずい。べリムは顔をしかめ、王女に向き直った。
「無駄ですわ」
しかし、ベルムが口を開く前に、王女が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「もうお父様の許可は得ています。これは王命ですのよ」
ベルムは言葉を失い、彼女の顔を見つめた。
「それに」
王女は腰のベルトから、短い杖のようなものを取り出す。
「私だって多少の魔法の心得はありますのよ」
ベルムとティリルはその場で固まり、顔を見合わせた。
卓の上では、朝食のオムレツから湯気が立ち上っていた。




