表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

王都

 顔、顔、顔……間を開けてまた顔。あまりの人の多さに頭がくらくらする。


 石畳には車輪の溝が刻まれ、泥や汚物が溜まっていた。荷車が軋み、馬が鼻を鳴らし、御者の怒鳴り声があたりに響く。


 そこに、様々な匂いが混ざり合う。煮えた油、焼けたパン、汗、馬、その他色々。

 甘い香りが漂ったかと思うと、今度は不快な臭いが押し寄せる。


 漁師町の魚臭さとも違う、大都市ならではの不快感がそこにはあった。正直、田舎者にはこたえる。


 顔を上げると、屋根の切れ間に王宮の塔が見え隠れしていた。それだけが、ここが王都であるという実感を与えてくれる。


 大きな通りの脇に並ぶ店や商館は確かに立派だ。……立派だが、のんびり見て回る余裕はなかった。


「疲れた」

 ベルムは耐えきれず、路地に足を運んだ。


 一本入ると、音が変わった。壁が迫り、空は細く切り取られる。大部分で側溝が未整備なのか、水の逃げ場がなく足元は湿っている。


 頭上で窓の開く音が響いた。ベルムは反射で身を引く。


「バシャリ」


 少し離れた所に水が落ちる。……否、水だけではなかったようだ。


「最悪」

 ティリルがぼやき、ベルムは頷いた。


 その時、腰のあたりに強い衝撃が走った。


「おっとごめんよ!」

 小さな男の子が走りざまにぶつかったようだ。


「ははっ、元気だな」

 ベルムは軽く笑い、その背中を見送る。


 ところが少し走ったところで、一人の男が子供の腹に腕を回し持ち上げる。


「なにすんだ!離せ!」

 暴れる子を、逞しい腕で肩に担ぐ。


 少年があまりにも必死に暴れるため、ベルムは心配になって駆け寄った。


「おい、その子を離せ!」


 男は意外にも落ち着いた表情をベルムに向ける。とても、白昼堂々かどわかしを働く者には見えない。


「にいちゃん、この辺りは初めてかい?」

 そう言って片手を差し出す。革の巾着が握られていた。


 それは、ベルムの銭入れ――ベルトのポーチに入れていたはずのものだった。

 驚きのあまり声も出ない。巾着を受け取り、頭を下げる。


「中身確認しな」


 数えてみると、銅貨一枚たりとも減っていなかった。

 その間にも、子供は大声を上げて抵抗する。だが、大の男の力の前になす術はない。


「ありがとう……」

 安堵し、再度頭を下げる。


 しかし男は不満そうに顔をしかめた。

「それだけかい?」


 ベルムは巾着から銅貨を三枚出し、男に手渡した。


「あんがとよ」

 男は途端に破顔し、銭をポケットにしまった。まるで、自分から催促したことを忘れてしまったようだ。


「おい、衛兵を呼んで来い」

 近くにいた、奉公人らしき若者に声をかける。若者は響く声で返事をし、軽やかに駆けだす。


「待て!」

 ベルムは思わずそれを呼び止めた。

「その子を突き出すのか?」


「当たり前だ。うちの近くにスリがうろついてたんじゃ、商売に響く」

 首を傾げて指示を仰ぐ奉公人に、男は厳しい顔で頷く。奉公人は再び踵を返し、路地を曲がって見えなくなった。


 少年は抵抗をやめ、今度はしくしくと泣いていた。


「もう鞭打ちは嫌だ……ごめんなさい、もうしないから!」


 男は「黙れ!」と一喝し、ベルムに向き直った。


「馬鹿な田舎者は食い物にされるだけだ。覚えておいた方がいいぜ」

 それだけ言って、奉公人が走っていった方に歩きだす。衛兵を迎えに行ったのだ。


 ベルムはその後姿を見送り、しばらくその場に突っ立っていた。


「王都て……恐ろしい場所ね」

 ティリルの言葉に、心の底から同意した。


 王都は、話に聞いていたような素晴らしい場所ではなかった。




―――

 路地をうろついていると、比較的静かな一角に、落ち着いた雰囲気の店を見つけた。軒には木札がかかり、湯呑みの絵が描かれている。戸は半分だけ開けられていた。


 昼を少し過ぎた時間帯。腹が鳴る。

 ベルムは安息の地を求め、店に吸い寄せられていった。


 昼間だというのに、雨戸が半分ほど締められ、中は薄暗い。炭火の赤が小さく揺れ、湯の匂いに乾いた木の匂いが混ざっていた。

 数人掛けの卓が四つ。客はまばらで、何人かの女給が店内を行き来する。


 奥の方には、布の暖簾で仕切られた細い通路が続いていた。


 落ち着いた雰囲気にベルムは肩の力を抜き、奥の席に腰を下ろした。


 すぐに女給がやってくる。ベルムよりも二、三上だろうか、小奇麗にしており好印象だ。


 麻の前掛けは綺麗に洗われ皺ひとつない。長い髪もきちんと櫛を通され、後ろでまとめられている。

 袖口には縫い目があったが、気にならない程度だった。


 目が合うと、女はにこりと微笑んだ。優しいが、どこか疲れているように見えた。


「湯と粥でいい?」


 ベルムが頷くと、女は奥へ引っ込んだ。ほどなくして、目の前の卓に盆が置かれる。


 麦粥から立ち昇る湯気が顔を優しくなでる。一口すすると、塩気が心地よく舌に広がった。

 ありがたいことに、黒パンがひと切れと固いチーズまで添えられている。ベルムは黙って口に運び、半分ほど食べてようやく息を整えた。


 その間、なぜか女給は側を離れなかった。ベルムが食べ終わると、そっと湯呑みを差し出す。

 不思議に思いながらも、礼を言ってそれを飲む。――ハーブの風味が筋肉を弛緩させた。


「旅の方?」


 やわらかい声だった。どういうわけか、隣に腰を下ろす。花のような、果実のような、甘い油の香りが鼻をくすぐった。


 妙に近い。腿と腿が触れ合いそうだった。


「そうだけど……」


 ベルムはどぎまぎして粥に視線を落とし、残りをかき込んだ。急に、この場の雰囲気が耐えがたいものに思えてくる。


 女はふふっと小さく笑い、耳に口を近づける。

「かわいい……まけとくよ」


 ベルムは耳を抑え、身を引いた。


 女は上目遣いにこちらを見て首を傾げた。

「あら……そういうつもりだと思ったんだけど」


 心臓が鼓動を早め、顔が熱くなる。

 ベルムはライド銅貨を何枚か置き、荷物を抱えて店を飛び出した。


「ちょっと、一枚多いよ!」

 背後から女給の声が響いたが、ベルムは一目散に走り去った。



 店が見えなくなるところまで走り、膝に手をつく。


(やっぱり凄いところだ)


 息が整ったところで、ふと、近くに座る二人組の会話が耳に届いた。


「おい聞いたか?国王がトンベル侯国に出向かれるらしいぞ」


「ああ。なんでも、北方の軍備を自らご確認されるんだろ?明日には、大々的にご出立されるそうじゃないか」

 

「ベルム、ベルム!」

 袋からティリルが呼ぶ。耳を近づけると、焦った囁き声が飛んできた。


「急いで会いに行かなきゃ!トンベルまで追いかけるわけにはいかないわ」


「まだ言ってるのか」


 ベルムは麻袋を肩にかけ、宿を探しに歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ