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徴税

 季節は移り、名月の月。残暑もそろそろ薄まってきたころ、

 ベルムは期待に胸を膨らませ、急ぎ足で歩いていた。ティリルの地図が正しければ、今日は王都に着く予定だ。 


 といっても、それが正確なのかは分からない。そもそもベルムには小さすぎるし、ピクシーの物なのでどれだけ人間界を正確に描いているかも定かではない。――現に、トルヤ湖の情報はなかった。


 それでも要所要所は概ね正確だったし、さすがに王都の場所は正しいはずだ。


「王都なら人間の地図が手に入るかな?」

 いつも通り肩にかけた麻袋から、ティリルの声が聞こえる。


 隘路あいろから街道に合流してしばらく経つ。

 王都が近いだけあって、街道には人や荷馬車が多く行き来していた。枝道からも、人がひっきりなしに街道へ出入りする。


「まだ言ってるのか。君だって人間の字なんか読めないだろ」


「地形だけでも分かれば違うでしょ!私の地図はシオマと王都圏までしか描かれてないんだから」


 ベルムは「はいはい」とため息をつき、前を見た。地図なんて、ティリルのもの以外手に取ったこともない。

 ただ、見たことならある。男爵領の小さな役場で、壁に掛けられたものをチラリとだが。しかもそこに描かれていたのは、ごく狭い範囲――村と川、領内の主要な道筋くらいだった。


(地図っていくらするんだろうな……)

 ベルムはそれすらも知らなかった。




 いよいよ人が増えてきて、ベルムは袋の中の相棒と言葉を交わすこともなく、ただひたすらに歩いた。軽く息が弾んでいる。

 ちょっとした丘越えだが、頂上はもうすぐだ。


 ほどなくして、すぐ前を行く行商の二人組がアッと声を上げた。

 下りに差し掛かり、先の風景が開ける。


「王都だ……」

 ため息が漏れる。


 王都ドーオーは、西端を大河ハベレー川に守られた城塞都市だ。

 南北に走る街道と、東方から来る街道が交差する草原に、大きな城壁が唐突に立ち上がる。


 遠目にも、その壮大さがうかがえた。シオマ公国公都、マイカよりも遥かに大きい。


 多少の歪みはあるものの、城壁の幅は優に一リーグはあるだろうか。端から端まで、歩いて一刻はかかりそうだ。

 壁の高さも、比較にならない。その向こうには、屋根が折り重なるように建ち並び、白い煙が何本も立っているのが垣間見えた。


 そして、その奥――都市の中心に、ひと際大きな建物がある。小高い丘に建てられているのか、ここからでも上半分を見ることができた。

 壮麗な塔が何本も天に伸びている。……王宮だ。


「私も見たい」

 ティリルが囁く。


「仕方ないだろ」

 ベルムは袋の口に顔を寄せ、囁き返した。


 周囲では、旅人たちが王都を指さし、歓声を上げていた。


 


―――

 ベルムは城壁を見上げ、口をあんぐりと開けた。思ったよりも遥かに高い。身長の十倍近くはある。


 城門も巨大だ。

 重厚な木の扉は鉄の帯で補強され、上には黒い格子が吊り下がっている。夜になれば、格子が落とされ、扉は閉じられるのだ。


 城門の前にはいくつかの列が並び、人々が順に城壁をくぐって行く。衛兵が声を張り上げてそれを捌いていた。


「旅人は右、商人はその隣、荷車は左だ!公用の者は隣の扉から入れ!」


 ベルムは右の列だ。商人の列よりは短いが、それでもしばらく待つことになりそうだった。


 首を伸ばして先を見ると、城門奥に広場があるのが見て取れる。そこで、荷物の検査や徴税が行われているようだ。




 案の定、ベルムの番が来るまで半刻以上かかった。


「次!」


 衛兵に案内され、城門をくぐる。

 城壁の分厚さが再びベルムを驚かせた。大股でも、通り過ぎるのに数歩を要する。


「ティリル、隠れろ」


 袋に向かって囁く。

 中で小さな物音がして、静かになった。布か何かに包まったのだろう。


 広場に出ると、訪れた者と税吏が至る所でやり取りをしていた。背後で帳面を確認しているのは、上司の徴税官だろうか。

 その横では、書記が忙しそうに羽ペンを動かしていた。


 周囲には幾人もの衛兵が等間隔に並び、騒ぎが起こらないよう目を光らせる。


「荷物をここへ」


 目の前の税吏がテーブルを指す。

 ベルムは麻袋とポーチ、短剣、外套、そして剣を置いた。


 税吏は袋とポーチを開け、手を突っ込んで中を軽く確認する。

 ティリルがうまく隠れたことを祈り、ベルムは拳を固く握った。


「ふむ……」

 税吏はつまらなそうに鼻を鳴らし、剣に手を伸ばした。

 だが鞘に触れた瞬間、眉をひそめる。


「……重いな」

 持ち上げようとしても、剣はびくともしない。


「この剣は何だ?」

「……護身用です」


 税吏は剣を引き抜こうとして、舌打ちした。

「抜けん。おい、持ち主。少しだけ見せろ」


 ベルムは喉を鳴らし、言われるまま柄に手をかける。半分だけ抜いて見せ、すぐに納めた。


 税吏は首を傾げ、しげしげと剣を見つめる。――沈黙が長い。


 心臓が早鐘を打つ。

(見逃してくれ……)

 心の奥底からそう願う。


 吏員は面倒くさそうにため息を付き、指を三本立てて顔の前に差し出した。


「長物は追加料金だぞ」

 

「はあ」

 ベルムは胸を撫でおろし、言われたとおり、ライド銅貨を三枚差し出す。


 しかし、税吏は鼻で笑い、首を振った。

「入城税がライド銅貨五枚、長物が三枚だ。馬鹿者」


 ベルムは顔を赤くし、追加の五枚を払う。


 銭を受け取ると、税吏はテーブルの小物入れから鉄線をひと巻き取り出した。


「剣を持っていろ」


 それを手際よく巻き付け、鞘と柄を縛って固定する。最後に細い鉄の棒を差し込んで強く絞ると、もう容易に抜くことはできない。


「城内で抜けば、即刻牢屋行きだ」


 ベルムは喉を鳴らし、黙ってうなずいた。


 そして荷を受け取り、そそくさとその場を去る。

 振り向くと、税吏は既に次の旅人の荷を改めているところだった。


「うまく隠れたな」


 袋を確認すると、中からティリルが見つめ返していた。

「ピクシーだもの。目くらましの魔法は得意よ」


 ベルムは広場を離れ、王都の街並みに足を踏み入れた。

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