手合わせ
古の昔、未だ天地分かたぬ頃、主神リットリナは荒ぶる原初の海を静め、これを大陸としてお創りあげ給うた。やがて主神は、この地を統べる役目をふたりの御子へと授け給う。すなわち、光を戴く姫神シトカナと、影をまといし弟神ブレヴィクラである。
姫神シトカナは、壮麗なるエルフ、頑強なるドワーフ、風を従えるチカプの族、森に潜みしピクシーの一群、そして多くの子を育みて繁え、大陸の隅々にまで広く根づくラナルの民を生み出し、その営みを守り育まれた。
一方、弟神ブレヴィクラは、己が影より魔族と総じて呼ばれる異貌の民を産み落とした。彼らは変幻の姿を持ちて女神の民に仇なし、世の均衡を乱すものなり。さらに弟神は、その魔族を束ねるため、一柱の王、魔王を創り給うた。魔王あらわれし時、魔族はたちまち勢いを増し、光の民を大いに悩ませると伝えられる。
この脅威に抗するため、姫神は時を越え、地に勇者を遣わす。勇者が勝利し魔王を討つとき、大陸には安寧と調和が訪れる。しかし魔王が勝つれば、闇は大地を覆い、長き暗黒の世が始まるという。
かくして魔王と勇者は、数多の時代をめぐりて転生をくり返し、終わりなき宿命の戦いを続けてゆくのである。
――女神シトカナの伝承より抜粋……
―――
初夏の眩しい日差しのもと、草原にはむせ返るような草の香りと、海から運ばれてくる潮の香が満ちていた。一本の大木のそばで、三人の若者が木剣を振るう。
「そこまで」
ジギーが尻餅をついたところで、指導役のディンキーが声を張り上げた。
ベルムはジギーに突きつけていた木剣を下げ、片手を差し出して助け起こす。
「くそっ!去年までは俺から一本も取れなかったくせに」
ジギーは恨めし気な眼差しで、二つ年下の友を睨め付けた。
「たまたまさ」
ベルムはとぼけてみせる。声の端には隠しきれない喜びが混じっていた。稽古の成果が、確かに形になり始めている。
そこへ、横からもう一人が口を挟む。
「そんなんじゃ、ベルムにラミーナを取られちまうぜ」
丸みのある輪郭に砂色の髪。ベルムと瓜二つの顔が、にやにやとジギーを見ている。
「サカリ……」
ベルムはあきれ顔で双子の弟をたしなめた。
「僕とラミーナはそんなんじゃない。彼女はジギーの恋人だ」
根はいい奴だが、弟はいつも一言多い。こうしたやり取りは日常茶飯事だった。
「おい、気を抜くな。次はベルムとサカリだ」
訓練から意識が逸れた三人に、ディンキーが厳しい声をかける。兄弟は肩をすくめ、向かい合って両手で木剣を構えた。
両者、間合いを計りながら円を描くようにゆっくりと回る。ベルムはサカリの全身を視界に捉え、打ち込む隙を探した。
ベルムがピクリと手を動かす。サカリは反射的に一歩下がり、構えを上段に取った。
明らかに、ベルムの攻撃を警戒して下がらされた動きだ。
これを好機と捉え、喉元に突きを放つ。
サカリはさらに下がり、苦し紛れに剣を振り下ろす。だがベルムはそれを完全に読んでいた。振り下ろされた剣を払い、さらに踏み込む。
兄の猛攻に、サカリは防戦一方になった。
(このまま力で攻め込めば押し切れる)
そう判断し、必死にしのぐ弟へ、木剣を繰り出し続ける。
押され続けた末、サカリは背に大木を背負う形となり、もはや退路はない。ベルムはこの好機を逃すまいと、一気に攻勢を強めた。
最後――これで勝負ありと、ベルムは木剣を振り抜いた。
だが次の瞬間、腹に強い衝撃が走る。息が詰まり、膝が折れた。
間合いは取っていた。押し切っていたのは自分のはずだ。
なのに、地に伏しているのは弟ではなく自分――。
理由を探して視線を落とし、ベルムは気づく。
左足が、動かない。
ブーツの底が地面に張り付いていた。一昨日の雨で残った小さな水たまりが凍り、足を絡め取っている。
季節は初夏……雨の月。
つまり、これは魔法で作られた氷だった。
「戦いながらイメージを形成していたのか?」
ベルムは半ば驚愕しながら弟を見上げた。そこには、自分と全く同じ顔が――しかし正反対の表情で、勝ち誇るサカリが立っていた。
サカリは確かに、ベルムの攻撃を必死でさばいていた。あれが演技ではなかったことは、弟をよく知る自分にはわかる。
ならば、余裕のない状況で魔力を練り、氷の像を結んだのだ。
自分にはないそのセンスに、ベルムは舌を巻いた。悔しさがないわけではない。だがそれ以上に、弟を誇りに思う気持ちが勝った。
「三人とも、ここに並びなさい」
ディンキーは魔法の熱でベルムの拘束を解き、その場を指さす。生徒たちは背筋を伸ばして居並ぶ。
ディンキーはジギーの父親であり、シノ村一番の漁師でもある。
若いころ北方で対魔族の守備に当たった経験から、剣術と魔法の心得がいくらかあり、村の若者に時折稽古をつけているのだ。
「三人とも、なかなかいい動きだったぞ。結局、この村でものになったのはお前たちだけだったな」
教え子を見るその目は満足げだ。しかしすぐに表情を硬め、息子に向き直る。
「だがジギー、年下に後れを取ってどうする?サカリの言葉を借りるわけではないが、そんなことで、いざという時ラミーナを守ることなんてできないぞ」
父に厳しい言葉を投げかけられ、ジギーは「はい……」と悔しそうに下を向いた。
「次にお前たちだが……」
今度は、双子に視線を向ける。
「剣術に限ればベルムに分がある。だが、魔法や機転を含めた総合評価では――サカリに軍配が上がるな」
サカリが舌をチロリと出して兄を見る。ベルムは唇を尖らせ、弟を見返した。
「兄貴は運動だけが取り柄だからな」
懲りずに憎まれ口をたたくサカリの肩を、ベルムは笑いながら軽く小突く。
「いつ身を守る必要が出てくるかわからん。騎士だけに任せてはおけん。お前たち、鍛錬を怠るなよ」
ディンキーがそう締めたところで、四人に「おーい」と声がかかった。
見ると、ひとりの少女が村の方から駆けてくる。手には大きなバスケットを下げていた。
「みんなー、お弁当持ってきたよー」
くるくると巻いた栗色の髪を海風になびかせ、ラミーナが輝くような笑顔で手を振っていた。
四人は顔をほころばせ、少女を迎え入れた。




