表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

手合わせ

 いにしえの昔、未だ天地分かたぬ頃、主神リットリナは荒ぶる原初の海を静め、これを大陸としてお創りあげ給うた。やがて主神は、この地を統べる役目をふたりの御子へと授け給う。すなわち、光を戴く姫神シトカナと、影をまといし弟神ブレヴィクラである。


 姫神シトカナは、壮麗なるエルフ、頑強なるドワーフ、風を従えるチカプの族、森に潜みしピクシーの一群、そして多くの子を育みて繁え、大陸の隅々にまで広く根づくラナルの民を生み出し、その営みを守り育まれた。


 一方、弟神ブレヴィクラは、己が影より魔族と総じて呼ばれる異貌の民を産み落とした。彼らは変幻の姿を持ちて女神の民に仇なし、世の均衡を乱すものなり。さらに弟神は、その魔族を束ねるため、一柱の王、魔王を創り給うた。魔王あらわれし時、魔族はたちまち勢いを増し、光の民を大いに悩ませると伝えられる。


 この脅威に抗するため、姫神は時を越え、地に勇者を遣わす。勇者が勝利し魔王を討つとき、大陸には安寧と調和が訪れる。しかし魔王が勝つれば、闇は大地を覆い、長き暗黒の世が始まるという。


 かくして魔王と勇者は、数多あまたの時代をめぐりて転生をくり返し、終わりなき宿命の戦いを続けてゆくのである。


――女神シトカナの伝承より抜粋……



―――

 初夏の眩しい日差しのもと、草原にはむせ返るような草の香りと、海から運ばれてくる潮の香が満ちていた。一本の大木のそばで、三人の若者が木剣を振るう。


「そこまで」


 ジギーが尻餅をついたところで、指導役のディンキーが声を張り上げた。

 ベルムはジギーに突きつけていた木剣を下げ、片手を差し出して助け起こす。


「くそっ!去年までは俺から一本も取れなかったくせに」

 ジギーは恨めし気な眼差しで、二つ年下の友を睨め付けた。


「たまたまさ」

 ベルムはとぼけてみせる。声の端には隠しきれない喜びが混じっていた。稽古の成果が、確かに形になり始めている。


 そこへ、横からもう一人が口を挟む。

「そんなんじゃ、ベルムにラミーナを取られちまうぜ」


 丸みのある輪郭に砂色の髪。ベルムと瓜二つの顔が、にやにやとジギーを見ている。


「サカリ……」

 ベルムはあきれ顔で双子の弟をたしなめた。


「僕とラミーナはそんなんじゃない。彼女はジギーの恋人だ」

 根はいい奴だが、弟はいつも一言多い。こうしたやり取りは日常茶飯事だった。


「おい、気を抜くな。次はベルムとサカリだ」

 訓練から意識が逸れた三人に、ディンキーが厳しい声をかける。兄弟は肩をすくめ、向かい合って両手で木剣を構えた。


 両者、間合いを計りながら円を描くようにゆっくりと回る。ベルムはサカリの全身を視界に捉え、打ち込む隙を探した。

 

 ベルムがピクリと手を動かす。サカリは反射的に一歩下がり、構えを上段に取った。

 明らかに、ベルムの攻撃を警戒して下がらされた動きだ。


 これを好機と捉え、喉元に突きを放つ。


 サカリはさらに下がり、苦し紛れに剣を振り下ろす。だがベルムはそれを完全に読んでいた。振り下ろされた剣を払い、さらに踏み込む。

 兄の猛攻に、サカリは防戦一方になった。


(このまま力で攻め込めば押し切れる)

 そう判断し、必死にしのぐ弟へ、木剣を繰り出し続ける。


 押され続けた末、サカリは背に大木を背負う形となり、もはや退路はない。ベルムはこの好機を逃すまいと、一気に攻勢を強めた。


 最後――これで勝負ありと、ベルムは木剣を振り抜いた。

 だが次の瞬間、腹に強い衝撃が走る。息が詰まり、膝が折れた。

 

 間合いは取っていた。押し切っていたのは自分のはずだ。

 なのに、地に伏しているのは弟ではなく自分――。


 理由を探して視線を落とし、ベルムは気づく。

 左足が、動かない。


 ブーツの底が地面に張り付いていた。一昨日の雨で残った小さな水たまりが凍り、足を絡め取っている。


 季節は初夏……雨の月。

 つまり、これは魔法で作られた氷だった。


「戦いながらイメージを形成していたのか?」

 ベルムは半ば驚愕しながら弟を見上げた。そこには、自分と全く同じ顔が――しかし正反対の表情で、勝ち誇るサカリが立っていた。


 サカリは確かに、ベルムの攻撃を必死でさばいていた。あれが演技ではなかったことは、弟をよく知る自分にはわかる。

 ならば、余裕のない状況で魔力を練り、氷の像を結んだのだ。


 自分にはないそのセンスに、ベルムは舌を巻いた。悔しさがないわけではない。だがそれ以上に、弟を誇りに思う気持ちが勝った。


「三人とも、ここに並びなさい」

 ディンキーは魔法の熱でベルムの拘束を解き、その場を指さす。生徒たちは背筋を伸ばして居並ぶ。

 

 ディンキーはジギーの父親であり、シノ村一番の漁師でもある。

 若いころ北方で対魔族の守備に当たった経験から、剣術と魔法の心得がいくらかあり、村の若者に時折稽古をつけているのだ。


「三人とも、なかなかいい動きだったぞ。結局、この村でものになったのはお前たちだけだったな」

 教え子を見るその目は満足げだ。しかしすぐに表情を硬め、息子に向き直る。


「だがジギー、年下に後れを取ってどうする?サカリの言葉を借りるわけではないが、そんなことで、いざという時ラミーナを守ることなんてできないぞ」


 父に厳しい言葉を投げかけられ、ジギーは「はい……」と悔しそうに下を向いた。


「次にお前たちだが……」

 今度は、双子に視線を向ける。


「剣術に限ればベルムに分がある。だが、魔法や機転を含めた総合評価では――サカリに軍配が上がるな」

 

 サカリが舌をチロリと出して兄を見る。ベルムは唇を尖らせ、弟を見返した。


「兄貴は運動だけが取り柄だからな」

 懲りずに憎まれ口をたたくサカリの肩を、ベルムは笑いながら軽く小突く。


「いつ身を守る必要が出てくるかわからん。騎士だけに任せてはおけん。お前たち、鍛錬を怠るなよ」

 ディンキーがそう締めたところで、四人に「おーい」と声がかかった。


 見ると、ひとりの少女が村の方から駆けてくる。手には大きなバスケットを下げていた。


「みんなー、お弁当持ってきたよー」


 くるくると巻いた栗色の髪を海風になびかせ、ラミーナが輝くような笑顔で手を振っていた。

 四人は顔をほころばせ、少女を迎え入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ