普通の剣?
「勇者様!?もうお戻りに?」
件の木の根元から這い出る際、見張りのふたりが仰天してベルムに尋ねた。目を丸くし、剥き出しの刀身を見つめている。
「火急の用だ。先へ進む」
ベルムは口から出まかせでごまかし、地上に出た。
「急いで」
先に出ていたティリルが手招きする。
ベルムは立ち上がって膝の土を払い、彼女の羽を追って霧の森を走り出した。
「……待ちなさい……ティリル!」
後方から追手の声が聞こえる。
「ティリル、いいのか?」
故郷からこんな形で出てきて、彼女は帰ることができるのだろうか。それが心配だった。
「いいの」
先を行く彼女の声は震えていた。
「すまない……」
無理やりこの道に引き込んだのは自分だ。ベルムは険しい顔で謝った。
ティリルは振り返らず、霧の中を突き進む。ついて行くだけで息が切れ、シャツが汗に濡れた。
やがて霧が晴れ、景色が薄暗い森に変わる。追手の声は、いつのまにか聞こえなくなっていた。
ピクシーは通常、郷から離れないのだ。
「どうして皆、あんなに失望したんだ?」
ティリルが速度を緩めたため、ベルムは息を整えて尋ねた。
「断魔の光って何なんだ?」
てっきり比喩だと思っていた。それが、あの落ち込みようだ。まだ知らないことがあるらしい。
ティリルは静止し、ベルムが追いつくと肩に乗った。
「……不完全だった」
「は?」
「剣を持つことはできた……でも、それだけじゃ不完全なのよ!」
ティリルは肩の上に突っ伏し、顔を隠した。
「魔王は断魔の光がなければ倒せない……多分……」
くぐもった声が耳に届く。
「明日、もう一度試しましょ」
ティリルはそれだけ言って黙った。
ベルムは宿場町への道を、とぼとぼと歩いた。しばらくして、肩の上から寝息が聞こえはじめた。
―――
町に戻った時には夜になっていた。ティリルはしばらく前から麻袋の中に隠れている。
疲れてはいるが、店に寄る気にもなれない。携帯食をかじりながら、昨日の宿へと向かう。女神の剣は布に包み、小脇に抱えた。
宿代は昨日より多少安くなっていた。それでも払うと、路銀はいよいよ心もとなくなる。
だが、今はそんなことを考える余裕はなかった。ベルムはベッドに潜り込むなり、深い眠りに落ちていった。
昨晩のように、ティリルと会話を交わすこともない。
―――
翌朝、ふたりは町から少し離れた河原で剣を試すことにした。
川に多少の濁りは残っているが、天気は良い。夏の陽光が強く大地を温めていた。
――条件は良いはずだ。
「だめだ」
たっぷり一刻、切っ先を天に向けても無駄だった。刀身は輝いているものの、それは日の光を反射しているに過ぎない。
「だめね」
ティリルは天を仰いで、岩に立てかけたディンキーの剣の柄に腰かけた。
ベッドで泣いていたのだろうか、目が赤い。だが、昨日よりは少しだけ落ち着いて見える。
「だけど、すごくいい剣だよ」
ベルムはふさぎ込んだ気持ちを振り払うかのように、剣で空気を薙いだ。
重くはなく、軽すぎもしない。柄はよく磨かれた木で、素手でも滑らないのに、手の中で素直に回る。
何度か素振りをし、近くの木に向かって構える。ちょうどよい高さに枝が張り出していた。
大きく振りかぶり、剣を振り下ろす。
――スパッ、という感覚はない。腕に何の抵抗も感じない。
それでも足元には、さっきまで目の前にあった枝が落ちていた。
ベルムは信じられない面持ちで刀身を見た。
「全く扱えないわけじゃないみたいね」
ティリルが落ちた枝に近寄り、切り口を覗き込んだ。
「見て。すごいから」
ベルムは枝を拾い、切り口を指でなぞり……息を呑んだ。
(滑らか……なんてもんじゃない)
目の細かいやすりで、何日も磨き続けたかのような切り口だった。
「これなら、魔王の首だって斬れるんじゃないのか?」
「どうだろう?伝承に具体的な記述があるわけじゃないから……」
ベルムは自分を奮い立たせるように、踊るように何度か剣を振り、最後はぴたりと切っ先を川に向けた。
「伝承だって、全部正確ってわけじゃないだろ?もしかしたら、他の神器で倒せるかもしれないし……」
剣を下ろしてティリルに目をやると、彼女は困ったように微笑んだ。
「そうね。とにかく、私ももう進むしかなくなったわ。これから、改めてよろしくね」
ベルムは頷いた。光らない――異常に切れる剣を携えて。
手に入れたと思ったら不完全な女神の剣……これでベルムは勇者としてやっていけるのでしょうか?
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