ピクシーの郷
「もうすぐよ」
先の方に明かりが見えた。
一歩出ると、陽の光が一気に目に飛び込む。ベルムは手で庇を作り、辺りを見回した。
その光景に息を呑む。
ピクシーの郷は、森の地表に口を開ける巨大な穴――その底に築かれていた。
周囲は断崖絶壁。落ちたらタダでは済まない高さだ。
ベルムたちが出てきたのも、崖に穿たれた横穴だった。反対の絶壁までは、優に二百歩はあるだろう。
不思議と明るい。絶壁の岩肌が白く、陽の光を反射しているのだ。
周辺にいたピクシーたちが、一斉にこちらを見た。ベルムを指差し、ひそひそと頭を寄せ合う。
「来て」
ティリルはベルムを振り向き、手招きした。
歩きながら、ティリルが郷のことをかいつまんで話す。
千人ほどのピクシーが暮らしていること。人間の目を避け、この地で女神の剣を守り続けてきたこと。
郷の中ではピクシーたちが飛び交い、皆それぞれの仕事に勤しんでいた。
昆虫を使役して雑草を抜く者。花を世話して蜜を集める者。忙しそうに行き交う影が、頭上をかすめていく。
食事を必要としないため畑はない。蜜は嗜好品として採取しているらしかった。
どのピクシーも、物珍しそうにベルムを見た。彼らにとっては巨人――そして、待ちに待った勇者なのだ。
「水は流れ込まないのか?」
郷を囲む崖を見上げてベルムが尋ねた。
「崖の上に菌糸と魔力で固めた土塁があるの。水だけじゃなくて野生動物も防いでくれるのよ」
ティリルは自慢げに胸を張った。はるか昔から受け継がれてきた、大切な塁なのだという。
郷の中心に近づくと、小さな家々が立ち並んでいた。ベルムの脛ほどの高さしかない。玩具の家のようだ。
窓からもピクシーが顔を出し、ベルムを見上げている。
郷の中央に、大きな建物が立っていた。といっても、ベルムの膝ほどの高さだ。
その背後に、石でできた長持ちのようもの――石棺と言った方が正しいだろうか――が横たわっていた。
ピクシーに開けられる代物には見えない。
ティリルが建物の前で止まり、ベルムはその横に立った。
郷中からピクシーたちが集まってきた。
まもなく、建物から年老いたピクシーが現れた。羽が縮れ飛ぶことができないのか、杖をついて歩いている。その両脇に、体格の良い若いピクシーが二人、控えていた。
「長、勇者様をお連れしました」
ティリルが長の前に降り立ち、頭を下げる。
「ご苦労だったな、ティリルよ」
長は若いピクシーを労い、この場で唯一の人間に視線を向けた。
「それで、この少年が……」
「はい」
ティリルが頷くと、長は値踏みするようにベルムをじっと見上げた。
「お告げで聞いた通りの見た目じゃのう……して、印はどうじゃ?」
「勇者様」
ティリルがそう言って頷いて見せる。
ベルムはシャツを脱ぎ、胸の紋章を露わにした。
どよめきが起こった。
「間違いないようじゃな」
淡く光る紋章を確かめ、長は両腕を掲げた。
「ああ、女神より遣われし勇者様よ」
気づくと、他のピクシーたちも地に降り立ち、長に倣って手を天に向けている。
「北の地に魔王が目覚め、地には魔が満ちようとしています。今こそ断魔の剣を手に取り、光を示したまえ」
ティリルがベルムの手を取って石棺へと導く。展開の速さに多少面食らったが、覚悟はできている。長に会釈し、歩み寄る。
ベルムは蓋に手をかけ、大きく息を吸った。
ここに女神の剣が安置されている。――心臓が早鐘を打った。
力を籠めると、蓋は案外あっさりと動いた。石が擦れる鈍い音を立て、ゆっくりと口を開く。
「ごとり」とくぐもった音を立てて蓋が落ち、中のものが露わになる。
(意外と質素だな)
第一印象はこれだった。大層な剣には見えない。――だが、美しい。
ふと、女神の姿を思い出す。あの人も、質素で美しかった。
そこには、ひと振りの片手剣が横たわっていた。
片手剣としては、やや多少長めだろうか。曇りのない諸刃の刀身が、ベルムの顔を映した。
鍔は鉄製……真鍮ですらない。
だが、その中心に据えられた、指の爪ほどの青い石が、不思議な魅力を放っていた。
「さあ、手に取ってみて」
ティリルが耳元でささやく。
ベルムは一度拳を強く握ってから解き、剣に手を伸ばした。
――これで持てなければ、旅が終わる……
心臓が口から出そうだった。そろそろと手を伸ばし、柄を掴む。
腕に力を入れ……剣は拍子抜けするほど簡単に持ち上がった。
胸に安堵が広がる。
「勇者様!万歳!」
ピクシーたちから大きな歓声が上がる。
ベルムは剣を眺め、天に向かって高々と掲げた。
歓声に乗せられたのかもしれない。高揚して、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
……しかし、歓声は徐々に静まり、次第にざわめきへと変遷する。
「おかしい」
「光らないぞ」
「勇者ではないのでは?」
「いや、それなら持つことすらできないはず……」
ピクシーたちが顔を見合わせる。
ベルムは戸惑い、剣を下げた。
ティリルを見ると、彼女の顔は引きつり、心なしか蒼白だった。
「どういうことじゃ!」
長が声を張り上げた。
「あなたは勇者ではないのか?」
ベルムは答えに窮し、口ごもった。
その間にも疑問の声が膨らんでいく。
「お待ちください!」
その場の空気を、ティリルの良く通る声が切り裂いた。ベルムの頭に乗り、周囲を見渡している。
ざわめきが、ぴたりと止む。
「何じゃ、ティリル」
長が低く震える声で詰め寄る。
「刃よりこぼれるは断魔の光。ひとたび抜けば、魔の穢れは影すら許されず、ついには魔王の咽元をも裂く」
ショージ山でティリルが口にした伝承の一節だ。長のしわがれた声で聞くと、いっそう重みが増した。
「剣を天に向けた時、その刀身は断魔の光を宿すはず……それがないではないか」
その声に滲むのは、困惑――あるいは絶望だった。
「仮説ですが」
ティリルはそう前置きし、長の前に降り立った。
「女神の剣は二百五十年もの間、棺の中に収められていました。つまり、刀身にマナが満ちていないのではないでしょうか?」
「それは……」
長は杖を握る手に目を落とした。
「ありうる話じゃ……」
得心というより、自分に言い聞かせているようだった。
ピクシーたちが再び活発に言葉を交わし合う。
その隙に、ティリルがベルムの肩に戻り、耳打ちした。
「急いでここを離れて。長居したらボロが出る」
(なんだ、出まかせか)
ベルムは瞬時にそう理解した。
剣を握りしめたまま、さっと踵を返す。
「待たれよ!」
長がそう叫ぶと、兵士風のピクシーが数人、前に立ちはだかった。
顔の前で羽を震わせている。
ベルムは頭を下げてその下をくぐる。
「走って!」
ティリルが肩の上で叫んだ。
地を蹴り、駆けだす。剥き出しの刀身がピクシーや小さな家々に触れないよう、細心の注意を払った。
背後で静止の声が響くが、振り向かない。
全力で進む巨人を止める術は、小さな妖精たちにはなかった。
「先を急ぐ旅なので!」
ティリルの苦しい言い訳が虚しく響き、ベルムたちはもと来た通路に姿を消した。
ようやく1つ目の神器を手に入れましたね……まさかこんなに時間がかかるとはwww
面白いと思ったら、ブックマークや高評価お願いします!




