表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/25

転送の祠

 出発して間もなく、ティリルが「寄っておきたい場所がある」と言い出した。


「ここなんだけど」

 小さな肩掛け鞄から、さらに小さな地図を取り出して見せる。


 文字は点にしか見えない。目を細めてようやく地形らしき線が追える程度だ。

 ティリルの指は、小高い山を示していた。


「歩いて一日くらいかな?少し遠回りになるけど、絶対に寄っておきたいわ」


「何があるんだ?」


 ティリルはにこりとして、地図を畳んだ。


「着いてのお楽しみ」



 ――結局、ベルムは黙って歩いた。湿った空気が肌にまとわりつき、汗が止まらない。何度も革の水袋を開けて喉を潤し、そのたびに腰帯へ戻す。


 しばらくしてティリルが、ふと肩の上から言った。


「さっきの地図、貴方には小さすぎたわよね」


「ああ。目がしょぼしょぼしたよ」


「人間用の地図が欲しいね。次の宿場町で手に入るかしら?」


「難しいんじゃないか……?」

 ベルムは微妙な顔で呟いた。


 羊皮紙なんて、村の人間には縁がない高級品だ。心もとない路銀で買えるとは思えなかった。



―――

 野宿を挟んだ翌朝、二人は山の麓に立っていた。


「ここがショージ山よ」


 ティリルが目の前の森を指さす。草木が左右に倒れ、小さな通路を形成していた。登山道というより獣道だ。


「…ここが『お楽しみ』か?」


「もっと上よ」


 ティリルは羽を震わせ、ずんずん進む。ベルムも急いでそれに続く。


 小さな山かと思っていたが、その道のりは甘くなかった。


 倒木を潜り、跨ぎ、蜘蛛の巣を払い落とす。枝葉が顔を叩き、湿った土が靴裏を引っ張る。獣にとっては通りやすい道でも、ベルムには妨げるものが多かった。


 それに比べ、ティリルは涼しい顔だ。ひらりひらりと枝を避け、ベルムの頭より少し高い位置を飛んでいく。

 明らかに、森に慣れている様子だった。


 森を抜けると、そこには岩山が聳えていた。白い岩肌には亀裂が走り、不用意に手を掛ければ崩れてしまいそうに見える。


 ベルムはしかめっ面でそれを見上げた。


「ここを上るのか?」


「そうよ」


 自分は飛べるからか、返事は軽い。

 ベルムは覚悟を決め、岩の強度を確かめながら登った。


 ティリルは先へ行っては止まり、待ってはまた進む。決して急かさない。ベルムの速度に合わせてくれているのが分かった。


 山頂まであともう少しというところで、ティリルがふっと止まった。


「……この辺りのはずなんだけど」


「頂上に登らないのか?」


「ちょっと黙ってて。探してるんだから」


 岩肌を覗き込み、飛び回り――しばらくして、弾んだ声が上がった。


「あった!」


 ベルムが近づくと、そこには見覚えのある紋章が刻まれていた。五つのひし形が円を描く、女神の紋章だ。


 かなり古いもののようで、一部は地衣類に覆われているものの、不思議と風化した気配がない。


「さ、脱いで」

 ティリルが唐突に言った。


「は?」


「いいから、胸の紋章を出して」


「初めからそう言えよ」


 ぶつくさ言いながらも、ベルムはチュニックを捲った。胸の紋章が淡く光る。


「紋章に向かって立って……もう少し前。そう」


 位置を整えられ、ベルムが直立した瞬間――岩の紋章が呼応するように光り始めた。

 輝きが増し、目を細めても眩しいほどだ。


「ピシッ……ゴゴゴゴ……」


 触ってもいないのに、岩が脇にずれた。

 あっという間に、人ひとりが通れるほどの穴が口を開ける。奥に小さな空間が見えた。


「よかった……うまくいった」


 ティリルが安堵の息を吐く。


「入って」


 促されるまま、ベルムは穴へ身を滑り込ませた。


 中は半球形の小部屋だった。腕を広げれば両壁に触れそうなほど狭い。入念に研磨された岩肌が、冷たく光を反射する。

 中央へ踏み込んだ瞬間、足元に光の輪が現れた。


「うわっ!」


 思わず飛び退くベルムに、ティリルが言った。


「転送の祠よ」


「てん……?」聞いたことのない言葉だ。


「転・送。勇者限定で遠くへ送ることができるの。瞬時にね」


(遠くへ?瞬時に?)

 ベルムは眉を寄せる。


「疑ってるでしょ」

 ティリルが先に言い当てた。


 素直にうなずく。


「今試してもいいか?」


 ティリルは肩をすくめて首を横に振った。


「ここは起動しただけ。別の祠も起動しなきゃ使えないわ」


「別の祠?」


「大陸中にあるの。これから起動しながら旅をするのよ」


 ベルムは拍子抜けして息を吐いた。


「なんだ。……まあ、楽しみが増えたってことか」




―――

 祠から出て、二人はついでに山頂まで足を延ばした。残りの岩を一気に登る。


「おぉ」

 思わず声が漏れる。シオマ公国の最南部を一望することができた。


 足元には森の濃い緑。やがてそれは薄れ、田園がまだらに続き、海へと至る。左右に陸地が張り出し、見えている海が大きな湾だと分かる。


 湾の中ほど、海に食い込むようにして都市が見えた。公国の公都、マイカだ。


 海に突き出した砂州に作られた港湾都市で、砂州の入り口を塞ぐように城壁が走り、その背後に海に挟まれた街並みが控えている。

 砂州は小高い陸繋島へと続いていた。


 確かにいい景色だ。だが、ひとつ腑に落ちない。


「どうしてこんな場所に祠を作ったんだ?人里の近くの方が便利だろ」


 ティリルはベルムの肩に戻り、風景を見渡した。


「女神のマントで飛ぶことを想定しているからよ。勇者にとって、多少の距離は無いも同じ」


「女神のマント?」


「神器のひとつよ。知らないの?」


 肩から飛び立ったティリルが目を丸くしてベルムを覗き込んだ。


「神器のこと自体、この間初めて知ったんだ」


 彼女は信じられないというように天を仰いだ。


「ラナル人はそんなことも知らないの?それくらいの伝承、本か何かに残っているでしょう?」


 馬鹿にされたように感じ、ベルムはむっとして答える。


「字なんて、読めるのは貴族や一部の聖職者だけだ。オレたち村の人間に、本なんか縁がない」


 ティリルははっとして、羽を小さく震わせた。


「そう…ごめんなさい。私、郷から出たことがなくて。人間のこと、何も知らなかった」


 自身の礼を失した態度を悔いたのか、ティリルはそのまま、伝承を語り始めた。


―――

女神シトカナは、人の世が闇に呑まれぬよう、勇者に四つの神器を授けた。


第一は女神のつるぎ

刃よりこぼれるは断魔の光。ひとたび抜けば、魔の穢れは影すら許されず、ついには魔王の咽元をも裂く。


第二は女神のマント。

これを肩に掛けし勇者は、地に縛られぬ。谷を越え、海を越え、雲の上をも歩むがごとく、自由に空を往く。


第三は女神のバックラー。

小さき盾なれど、その面に触れた魔法は悉く霧散する。炎も雷も呪いも、ただ静かに砕け、勇者の身には届かぬ。


第四は女神の短弓。

弦を引けば、矢は迷わず真を射る。数百歩の彼方に立つ敵の瞳でさえ、狙えば外れぬと伝えられる。


四つの神器が揃うとき、勇者は魔王と相対し、その力に比肩する。

―――


 語り終えるとティリルはひと息つき、彼方へ目を向けた。


「私たちの旅は、神器を集めるところから始まるのよ」

再度お知らせ。

この物語の舞台、ラナル大陸の概略図を活動報告に貼っています。参考にして下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ