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プロローグ

※本作は「勇者ではない者」を主人公にした異世界ファンタジーです。

※第1話~第4話は2/5,6の19:00と19:50に投稿しますが、それ以降は毎週木土の20時頃更新です。

 燭台の火が揺れ、壁に落ちた影がわずかに歪む。誰も盃に手を伸ばさない。空気だけが張り詰めていた。


 その日、円卓には四種族の長が集い、重い議論を交わしていた。部屋の隅で司会を務める大臣が、最後の議題を読み上げる。


「これより、本日の最終議題――魔族の活発化について議論いただきます」

 最後にして最大の懸案。長たちは険しい顔で互いを見渡した。


 最初に口を開いたのは、人間の国ラナル王国の王、レスタル二世だった。

 

「近年我が国の北方で、魔族どもの出没情報が散見される。無論、雑魚ばかりだが、魔族領の外でこれは...…今までになかったことだ」


 歳の頃は四十を過ぎたばかり。整えられた髭と短く刈り込まれた頭髪、引き締まった体躯が精悍な印象を与える。張りのある声も同様だが、語尾には苦々しさが滲んでいた。


 真っ先に頷いたのは、エルフの国――オルホースク共和国の評議会議長、イスピロイスだ。


 外見上はラナル王と大差ない齢に見えるが、実年齢は遥かに上だ。この場の誰も、彼が生きた歳月の長さを知らない。

 長身に、深緑の絹の長衣と、同色のガウンを纏い、それを質素な木の留め具で留めている。肩に流れる銀髪は、さながら天の川のようだ。


「先の魔王滅亡から二百五十余年――新たな魔王が誕生したのやも知れん」


 残る二人、ドワーフのダンクル総首長と、翼人チカプ族のカパッチ族長は、明らかな動揺を見せた。

 彼らの領地は魔族領と接していない。実感が薄い分、言葉が直に胸を刺したのだ。


「魔王だと?それでは、魔族どもが…邪神の手の者たちが、これから押し寄せてくるのか?」

 ダンクル総首長は恐れを隠そうともせず尋ねた。豊かに伸びた髭を丁寧に編み込んだ、威厳ある姿に反して、小さな瞳が鉄兜の下できらりと光る。


「落ち着け。まだ憶測の話だ。仮にそうだとしても、この大陸中にすぐ魔族が溢れるわけではない」

 宥めるレスタル二世の声は、依然として厳しい。


「だが、魔王が誕生したとすれば、魔族は必ず力を増す。最悪の事態を予想し、備えておく必要がある」

 イスピロイスもまた表情を険しくした。


 カパッチ族長は周囲を見渡し、おずおずと口を開いた。

「魔王が現れたということは、勇者も現れるのでは?」


 三人が翼人に目を向ける。

 

 羽毛状の眉の下に鷹のように鋭い目。硬い鼻梁が嘴を思わせ、頬やこめかみは羽毛に覆われている。正に「異形」と呼べる風体だ。


 体の構造も他の三種族とは大きく異なる。張り出した胸骨と発達した肩甲骨が背もたれを拒み、彼だけは長椅子に腰掛けていた。

 翼を兼ねた両腕は、体の脇で折りたたまれている。


 平地ではめったに見ることのないチカプ族に、多くの人は好奇、或いは畏怖の念を抱く。だが、この場の面々にとっては慣れ親しんだ姿だった。


「そうだ!伝承ではそうなっているはず!勇者出現の報告はないのか?」

 ダンクルの問いに、三人は一斉に首を振った。


 盃の水で唇を湿らせ、ひと息ついてからイスピロイスが言う。

「だが、我ら女神派種族のいずれかから、魔王に対抗する力を持った勇者が現れるのは間違いない。我々はその者に助力せねばならん」


「そうだな……そのとおりだ」

 いつもならエルフに嫌味を飛ばすダンクルが、今回ばかりは素直に応じる。


「『勇者いでし時、各種族より選りすぐりの戦士を選び、これを勇者にあてがうべし』……か……」

 カパッチが女神の伝承の一節を呟いた。


 これに対し、レスタル二世は大きく鼻を鳴らし、不服の表情を浮かべる。

「我が国の軍は精強だ。そのような古臭いしきたりに従う理由はない」


 伝承を明らかに軽視した発言だ。

 抗議するように、イスピロイスは片眉を挙げて人間の王を見た。


 しかし、王はそれを気にも留めず、颯爽と椅子から立ち上がった。


「では、これにて失礼。早速私は軍備の増強に取り掛かるとする。貴殿たちも国庫を開くがよい」

 そう言い捨て、さっさとその場を後にする。


 その背中に向けて、イスピロイスが声を張り上げた。

「待て!魔王が力をつけたら、魔族の力は今と比較できぬほど強くなる。軍事で対抗できるものではないぞ!」


 レスタル二世は片手を上げただけで、何も言わず部屋から出て行った。


 扉が大きな音を立てて閉まる。静寂が落ち 残された三族の長は、ただ顔を見合わせるばかりであった。


―――


 その数ヶ月後、片田舎の漁村に、啓示はもたらされる。


※活動記録に舞台となるラナル大陸の地図を貼りますので参考にしてください。

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