性欲(生、正、星、聖...等)
そう感じるのは、僕が生まれたからだろうか。
僕が存在するからだろうか。
とにかく僕は、生まれて育っていく上で、
とにかく要らない、と醜いと感じる感情があった。
性欲だ。
それはとてもみっともなく、穢らわしい感情で、
その上、誰しもに備わる感情のために、たちが悪い。
僕は、例えば女性にその感情が向いたときに、
非常に自分という生き物が汚れていると感じて、
悲しく、哀れになる。
そんな感情を持ってしまうのに、
僕の中から消し去ることができないので、
仕方なく生きていた。
しかし最近、その感情を取り除く手術が誕生し、
僕は被験者に真っ先に志願した。
感情のみを消し去って、
僕の中から性欲というものが消えてなくなるらしい。
僕は心底望んでいたことが現実になることに、
喜びを隠せなかった。
先生が副作用の話をしているときも、
「早く、早く」と全身を震わせていた。
手術は滞りなく終わった。
麻酔から覚めたとき、僕の身体は驚くほど静かだった。
心に住んでいた悪魔のようなものが消え去ったような心持ちだった。
心は広く、清く澄んでいた。
なのにもかかわらず、
朝が来るたび、夜が来るたびに、
心に引っかかるところがあった。
それは日に日に少しずつ増していった。
ある日、それが心の絶望であると、
なんとなく悟った。
まだ僕が汚物に見える。
まだ醜く映る。
以前に性欲を感じるたびに発症していた感情が、
今、また再燃している。
おかしい。
性欲は取り除いたはずで、
実際に誰を見ても、
触れたいとか、触れられたいとか、
胸が熱くなる瞬間は消えたのに、
息が止まったような、
凍るような感情だけがある。
世界はいつも通り動いていて、
僕もその中の一人として生きている。
僕は気づいた。
憎んでいたのは性欲ではなかった。
僕は、僕自身が嫌いだった。
周りに興味がないように振る舞い、
一人でも生きていけると強がっていたのに、
他人に関心が止められず、
誰かに構ってほしい、
救ってほしいと感じる自分の心が嫌だった。
その憎しみ、劣等感、憐憫を、
性欲のせいだと自分で思い込み、
それを無くせば自分は変われる、
生まれ変われると考えていた。
そう。
本来、性欲とは汚くも、はしたなくもない。
生きていく上で必要で、
他者と関わるきっかけにもなる、
愛おしいものでもあった。
そう分かった。
感情に、生まれ持ったものに、
正しさも何もなかった。
自分の一部と受け入れて向き合っていくことのほうが、
苦しいし、難しいけど、
必要なことだった。
僕は向き合えなかった。
だから感情を一つ消せば、
何とかなると浅はかなことを考えてしまった。
今から僕は、僕を変えられるだろうか。
僕の中の感情と向き合うことはできるだろうか。
分からない。
まったく分からない。
けれど、捨ててしまったものに意味を持たせるためには、
苦しんででも変わらなくてはいけない。
そう思った。




