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第79話 大陸大戦(前編)

 アルメリア教国は、満を持して、ヴェラレン=サール──すなわちサリオンドレル公国との相互不可侵条約を破棄した。


 アルメリア教国とサリオンドレル公国の間に、かろうじて保たれていた均衡の象徴だった。条約の存在こそが、双方の軍備拡張を抑え、北方大陸における平和の枠組みを保証していたのである。


 ゆえに、破棄の報が届いた瞬間、誰もが予感した——これは、大陸史上最大の戦火の幕開けであると。この大陸が、光か闇かを決める戦いになると。


 もっとも、ヴェラレン=サール側は驚かなかった。


 通常は目視できない死霊が味方するヴェラレン=サールの諜報は優秀だ。すでにアルメリア教国が大規模な軍事行動を準備していることを把握できていた。


 相互不可侵条約の破棄は、想定の範囲内。むしろ、いつそうなるか、という時間の問題だった。


 ただし、意外だったのは——その後である。


 アルメリア教国が、条約を破棄してから実際に宣戦布告するまでに、丸一年もの時間をかけたという事実だ。


 この一年間の沈黙は、単なる準備期間ではなかった。何かを待っていたかのように、奇妙なほど静かだった。


 外交使節も派遣されず、交渉の打診も一切なし。国境付近では宗教的な行列が増え、神殿では連日のように祈祷と断食が続いた。


 アルメリア教国は、戦のためではなく、信仰そのものを燃やすために時間を費やしていたのだ。


 この理由が、後に嫌な形で判明することになる。


 本来ならば、相互不可侵条約を破棄した瞬間に宣戦布告を行い、即座に交戦状態に入るのが常道である。


 ヴェラレン=サールもそのつもりで動いていた。


 実際、条約破棄の報を受けてから数日と経たぬうちに、軍備の再編成が始まり、徴兵令が発せられ、長年封印されていた緊急の戦時体制が敷かれた。


 戦は時間との戦いだ。だが、敵が一年の猶予を与えてきた。その余裕が、逆に不気味だった。


 結果として、この一年の間に、ヴェラレン=サール軍はかつてない充実を見せた。


 魔導兵装は刷新され、死の予告を武器とした死霊術師団の再訓練も完了した。


 黒龍との対話、各地の自治領との防衛同盟締結──それら全てが、この一年間に完了した。


 もはやこの時期、ヴェラレン=サールは大陸史上で最も強固な軍事国家になっていたと言っていい。


 そして、黒薔薇歴24年の春。


 大陸北部の空は、まだ雪解けの名残を留めながらも、遠い地平の向こうで赤く揺らめいていた。


 戦争の季節である。


 この年、メリシエルは37歳。王族としての冷静な指揮能力に磨きがかかり、かつての激情を内に沈めていた。オルセリオンは40歳になり、政治と戦の両面で成熟し、いまや名実ともに公国の柱となっていた。


 アレクサンドラは10歳。聡明でありながら、まだ子どもの無邪気さを残している。戦場にいるべきではないが、本人の強い希望もあって、メリシエルの脇にいた。


 そしてエルシアナは、肉体の見た目こそ12歳のままながら、実年齢は180歳に達していた。彼女はもはや人ではなく、象徴であり、信仰の化身となっていた。


 アルメリア教国軍8万。対するヴェラレン=サール軍5万。


 両軍は、北部高地のミランドラ荒野に布陣した。


 ミランドラ荒野は標高の高い山岳台地に広がる地で、風は乾き、昼夜の寒暖差が激しい。


 かつて古代エルフの神殿があったと伝わるが、いまはその礎石すら見えない。その荒涼たる地に、両軍の旗が並び立った。


 ヴェラレン=サール軍の前線には、オルセリオンが立った。彼は聖騎士エリオネスと共に部隊を率い、主戦場の布陣を整える。


 総司令官の座は、メリシエルが担っていた。冷静に、しかし一切の妥協なく、彼女は軍をまとめ上げた。


 後方には、ナヴィアを筆頭とするヴァンパイア部隊が存在した。彼らはネクロマンサーの加護を複写し、4,000の死霊軍団を統率する。


 それは夜に動く軍勢。陽の下では脆くとも、闇に包まれた瞬間に最強となる存在であった。


 上空には、黒龍キセノクランが翼を広げていた。彼女は本来、戦いを好まぬ古き龍族であり、今回の参戦を最後まで渋った。


 しかし、この戦いでは特殊な条件があった。


——加護キャンセラーの発動。


 両国が互いに「加護封じ」の術式を使用し、絶対神の加護持ち以外の魔法の使用はできない。


 つまり、この戦争は絶対神以外の神なき戦いになる。剣と血と肉体だけが頼りとなる、原始的な戦争だ。


 アルメリア教国軍には、エルシアナを筆頭に、絶対神の加護持ちが9名いるとの情報があった。


 彼らは「九つの祝福」と呼ばれ、聖女直属の精鋭として知られていた。対してヴェラレン=サール軍には、同等の存在は二人しかいない。


 勇者セリュ=サリオンドレル、29歳。そして、聖騎士エリオネス=ラフェイル。戦局の均衡は、紙一重で崩れる。


 ゆえに、黒龍キセノクランの参戦は不可欠と判断された。彼女の一撃は、数千の兵に匹敵する。黒龍の天を割る咆哮が、聖女の祈りと対等に並び立つ唯一の力とされた。


 もっとも、アルメリア側の中心に立つエルシアナは、肉体が成長していない。そして加護の力は、肉体の成熟とともに拡大するものだ。


 ゆえに、彼女は未だ全盛の力を発揮できないと推測された。


 ヴェラレン=サール側の戦略部は、この点を冷静に分析し、彼女を戦略的象徴と見ていた。


 つまり、精神的影響は絶大だが、実戦能力は限定的だと。


 こちらには、死霊軍団がいる。勇者と聖騎士がいる。黒龍もいる。戦力の総合では、優勢は明らかにヴェラレン=サールにあった。


 ではなぜ、アルメリア教国はこの戦いを仕掛けたのか。


 全面戦争を目的とするには、あまりに勝算が薄い。彼らの目的は別にあるのではないか。メリシエルをはじめとする参謀たちは、政治的な駆け引き、あるいは宗教的象徴の奪還を疑った。


 だが、どの情報網を使っても、アルメリア側の要求は一切伝わってこない。交渉も通告もなく、ただ「不浄なる闇を撃つ」という声明だけが布告として掲げられた。


 もはや、それは外交ではなかった。純粋な、信仰と憎悪のぶつかり合い。理を捨てた国家と、滅びを恐れぬ民との、終わりなき衝突の始まりである。


 黒薔薇歴24年。


 ミランドラ荒野の風が、二つの旗の色を裂くように吹き抜けた。



第79話でした。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


いよいよ、メリシエルとエルシアナの戦争が始まります。まあ、迷惑な姉妹喧嘩ではあります。ただ、どちらも時代を代表する存在であり、それぞれの正義があります。


引き続き、よろしくお願い致します。

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