第77話 聖女エルシアナ=ゼルドレル
エルシアナは、アルメリア教国にいた。
その姿は、もはや不浄のダークエルフではなく、まるで聖なる光を帯びた純白のエルフのそれだった。
かつて彼女が現れた当初、教国の一部では、囁かれていた。
——不浄なるサリオンドレル家のダークエルフ
——ダークエルフでありながら、聖域に入った異端
それでも、エルシアナがサリオンドレル家を除名され、アルメリア教国に現れたことは、多くの者の関心を引いた。
「本当はエルフ。その事実を隠していたことが知られたから、サリオンドレルを除名されたのよ」
エルシアナは、そう説明した。初めは、誰もが疑った。だがそれは、あながち虚言とも言い切れなかった。
実際、巡書連璽に刻まれた記録にも、エルシアナ=ゼルドレルの名の除名が確かに残されていたからでもある。
当初、彼女は監視下に置かれた。
あまりに異質で、あまりに美しすぎたからだ。
けれど、やがて人々は気づく。
——彼女こそが絶対神の加護を受けた存在である、と。
12歳程度にしか見えないエルフの少女が、災害を予見し、疫病の蔓延を言い当て、飢饉の年を正確に示した。魔物の出現すら、予言した。
祈りの合間に語られる言葉は、いずれも神託に似て、静かで、しかし抗いようのない確信を帯びていた。
白金の髪を肩まで垂らし、群青の瞳に夜と光を宿した少女。絶対神の声を聞くその姿は、聖域の誰もが息を呑むほど神秘的だった。
素行にも一点の曇りはなかった。
彼女は驕らず、与えられた役務を淡々と果たした。とりわけ、浄化魔法による結界の維持と展開においては、未熟な神官たちの何倍もの成果を示した。
教会にとって、これほど都合のよい存在はなかった。
上層部を敬い、命令に忠実で、神学を疑わない。それでいて、見る者を畏れと敬愛で満たすほどの輝きを持つ少女。
彼女は、いつしか奇跡そのものと呼ばれるようになった。
──そして、その日が訪れた。
アルメリア教国が、公式にその名を与えた日。
新たな聖女、エルシアナ=ゼルドレル。
国家の祈りと信仰を背負う者として。その式典の記録に、いまも残る演説がある。
◇
──私は、エルシアナ=ゼルドレル。
いまここに、アルメリア教国の聖女として、祈りと奉仕の誓いを立てます。
わたしがこの地に立つまでの道は、けっして清らかではありませんでした。
罪に触れ、涙に沈み、人の憎しみと悲しみを幾度も見てきました。そして何よりも、自分自身の中に潜む闇と、何度も向き合ってきました。
それでも──わたしは知りました。
人が救われるのは、罰によってではなく、誰かを赦そうとする勇気によってなのだと。
わたしは、罪を赦されたのではなく、赦そうとする勇気を授けられたのだと思います。その勇気こそ、神がわたしに与えてくださった最初の祝福でした。
アルメリアの神は、天にのみおわす方ではありません。
この地に生き、傷つき、愛し、赦そうとする者たちの中に息づく方です。神の光は、選ばれた者だけを照らすものではなく、もっとも暗い場所にいる者をこそ包み込む──。
闇の底にいる者こそ、光の温かさを知るのです。わたしは、その真実を胸に、この名を受けます。
我らは清らかであるために生きるのではなく、清らかであろうと願い続けるために生きる。
祈りとは、完成ではなく、歩みです。わたしはこの身のすべてをもって、その歩みを証します。
どうか、民よ、恐れないでください。あなたがどれほど罪を負い、どれほど絶望の中にあっても、神は、見捨てない。
あなたが、誰かのために涙を流せるかぎり──その涙は、すでに祈りです。それは誰にも奪えない、神とあなたを結ぶ唯一の光です。
アルメリアの御名において、わたしは、聖女として生き、すべての者のために祈り続けます。
その祈りが、いつの日か、この大陸のすべての痛みを溶かす光となることを──信じています。
そしてその光が、わたしたちの誰もが、自らを赦せる日へと導きますように。
第77話でした。お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
聖女となったエルシアナ。その演説の内容は、当然、サリオンドレル公国にも伝わります。いかようにも解釈できる演説です。
引き続き、よろしくお願い致します。




