第74話 アルメリア教国の誕生
ヴァルディア帝国。
かつてこの国は、黒薔薇公アレクサンドラの怒りによって、大規模な軍の粛清を受けた歴史を持つ。以後、ヴァルディア帝国は長く沈黙の時代に入り、再建と内省を余儀なくされていた。
黒薔薇歴22年の冬。
帝国内部で緊張が高まり、ついに教会勢力が民衆と手を結んで革命を起こした。王政を支配していた旧貴族層はほぼ一掃され、ヴァルディア帝国は宗教を中心とした新体制へと生まれ変わった。
こうして誕生したのが、アルメリア教国(神の使徒の国)——絶対神を唯一の存在として崇拝する、神政国家である。
審判の剣が国軍として正式に編成され、宗教と軍事の垣根が取り払われた。旧ヴァルディアの世俗的な階級制度は廃され、聖典と教義が法そのものとなった。
政治的決定は教皇評議会によって行われ、神意に基づくとされた判断には、誰も異議を唱えられなかった。
アルメリア教国の成立は、周辺諸国に衝撃を与えた。
この国は、自国内の改革に留まらず、大陸各地の教会を通じて「正義の革命」を扇動した。
とりわけ貴族や豪商など、私利私欲に溺れた上層階級への批判を強め、腐敗した支配者を打倒する運動を宗教的使命として広めていった。
結果として、いくつもの小国で暴動や政変が発生し、既存の秩序は大いに揺らいだ。
一方で。この流れは皮肉にも、他国の政治的腐敗を抑制する作用ももたらした。支配層は常に教会の監視と民衆の目を意識するようになり、政治の透明化が進んだのである。
こうしてアルメリア教国の存在は、同時に「毒」と「薬」の両面を持つものとなった。
アルメリア教国内では、清廉さと秩序を重んじる統治が徹底された。
犯罪率は著しく低下し、経済も安定した。国民は互いを兄弟姉妹と呼び合い、信仰を共有する共同体としての連帯を強めた。
少なくとも外から見れば、アルメリア教国は「理想の国」として機能していたように見えた。
闇属性を持つ者を除いては。
教国は、光属性を神聖とし、闇属性を不浄と断じた。闇魔法を使う者、あるいは闇の加護を受けて生まれた者は、その存在自体が罪とされたのである。
ダークエルフのような種族は一人も国内に存在しない。教会の管理下にある街は光の浄化結界によって守られ、死霊やアンデッドの類は近づくことすらできなかった。
病や障害を持つ者も同様に、治癒魔法によって改善しない場合は「神の赦しを得られぬ者」とされ、国外追放の対象となった。
この追放政策は、やがて社会の内部規範として定着した。
家族がその処分を受けたとしても、残された家族は抗議すらせず、むしろ「当然のことだ」と受け入れた。
清らかであることが善とされ、不浄を遠ざけることが信仰の証と見なされたためである。
こうして多くの病者や異端者が祖国を追われ、彼らが目指す唯一の避難地が、サリオンドレル公国、別名ヴェラレン=サール(石を投げられし者たちの国)であった。
しかしその旅路は過酷で、目的地に辿り着く前に命を落とす者も少なくなかった。
寒冷地を越える者、飢餓や疫病に倒れる者、あるいは道中で暴徒に襲われる者。結果として、彼らの多くは死霊となり、その姿のままヴェラレン=サールへと辿り着いた。
皮肉にも、死してなお歩み続けるその行列は、教国の政策が生み出した「影の巡礼」として歴史に残されている。
一方、ヴェラレン=サールは、こうした亡命者たちを受け入れながら独自の社会を築いていた。
失われた古代技術を発掘し、医療や錬金の分野に応用することで、治癒魔法に頼らない医療体系を確立したのである。
その発展を支えたのは、加護を持たない子どもたちや、教国から流れ着いた患者たちの努力であった。彼らは異端として追われながらも、結果的に世界の知識を前進させた。
やがて大陸は、明確に二つの極へと分かれた。
清く美しい者たちはアルメリア教国に。不浄とされた者たちはヴェラレン=サールに。
それは決して理想的な均衡ではなかった。しかし、奇妙な安定をもたらしたことも事実である。
各国の不穏分子や思想家は、どちらかの陣営へ吸収され、反乱の火種は整理されていった。政治的な重心も、この二国に集約されていく。
すでに大陸全体では「戦争の禁止」が条約として成立していた。そのうえで両国は、新たに相互不可侵条約を締結した。断絶である。
しかしこの条約は、世界の人々に平和の象徴として受け入れられ、各国の交易・学術交流を促進した。
しばしの間、大陸は発展基調を取り戻し、表面的には安定が保たれた。
こうして世界は、光と闇、神聖と不浄という二つの秩序のもとに均衡を保ち、誰もがこの安定が永続するかのように錯覚していた。
少なくとも、この時点では。
最終章、第74話でした。お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
世界は、動いていきます。その中で、サリオンドレル公国はどうなっていくのでしょう。世界は、勝手にその形を現していきます。
引き続き、よろしくお願い致します。




