第6話 謁見
王宮の大広間。王との謁見が行われようとしている。
ヴァルディス王国、国王オルフェリウス=ヴァルディスが玉座にいる。
大広間の扉に、衛兵の手がかかる。
「アレクサンドラ=サリオンドレル夫人、並びに、メリシエル=サリオンドレル嬢──御前に!」
玉座から見て左側が貴族、右側が有力者たちの席になる。総勢170名弱の参列があった。
赤い絨毯が、大広間の入り口から玉座まで道を作っている。槍を持った屈強な衛兵が、その道の左右を固める。
母と娘が、緊張しながら、教わった通りに絨毯の道をゆっくりと進み始めた。
一般には無色透明なレイスであるアレクサンドラ。ここには、その姿がはっきりと見える者もいる。全く見えない者もいる。
ただ、どちらも病的な寒気を感じていた。お世辞にも神聖とはいえない空気が、大広間を満たしていく。
伝説では、一体で国を滅ぼしたとされる高位のアンデッド、レイス。そのレイスが、魔王たりえるネクロマンサーと、悠々と目の前を進んでいく。
邪悪としかいえない冷気が、ピシピシと、かなり遠くからも感じられた。彼女たちがその気になれば、自分たちの命など、瞬く間に吸い取られるのだろう。
恐怖が、その場を支配していく。
もちろん、この場にいる者の多くが、高等な教育を受けている。なので、差別がいけないことなど、わかっている。それでも参列者の多くが、自席を離れ、壁の方に身を寄せていく。
ついに衛兵の一人が、アレクサンドラに向かって槍を構えてしまった。
「よさぬか! ご婦人に対して、なんたること!」
王が吠えた。すぐに玉座を降り、アレクサンドラの前まで走ってきて——
王が、アレクサンドラに跪き、深く首を垂れた。
「サリオンドレル夫人。この無礼、まことに痛恨の極み。すべては我が不徳の致すところ。どうかご寛恕いただきたい」
アレクサンドラは、想定外の状況に驚いてしまう。こんな時の対応なんて、習ってない。アレクサンドラは、まるで少女のように震え、身を固くしてしまっていた。
そのとき。アレクサンドラの精神が、サリオンドレル家の英霊に憑依された。
「陛下。どうか、その御頭をお上げくださいませ。かような振る舞い、恐れ多きことでございます。礼節を弁えぬこの子孫に代わり、私、ヴァリオンド=サリオンドレルが、謹んでお話し申し上げております。かつて当時の国王陛下より『雁鉄』の二つ名を賜りました身にございます」
——雁鉄のヴァリオンド!
王が、驚いて立ち上がる。
この王国の人間であれば、誰もが知っている伝説の騎士である。伝説は絵本にもなっており、子どもたちからも大人気の物語だ。
平民だったヴァリオンドは、数々の武勇を示し、騎士になった。幾度もの国難にも怯まず、王国を守り抜いた。晩年まで、死地にいた。そして最後は、王の身代わりとなって死んでいる。
死後、ヴァリオンドは爵位を得た。そして、およそ300年前に作られたと伝わるヴァリオンドの銅像が、今も王宮中庭の中央に立っている。
しかし。
このヴァリオンドの声は、王、メリシエルとアレクサンドラの3人にしか聞こえていない。なお、憑依されてはいても、アレクサンドラの意識はある。
そこで、王が語り始める。
「皆の者、心して聞け。今この御前におわすは、かの伝説の騎士、雁鉄のヴァリオンド殿にあられる。そしてその御方こそ、サリオンドレル夫人、並びにサリオンドレル嬢の、尊き御先祖にほかならぬ」
王は、魂の声を聞くことができる。嘘偽りも見抜く。その国王の言葉である。真実であることを、その場にいる誰もが疑わない。
「皆の者、頭が高い!」
参列者はもちろん、本来であれば、いかなる時も立っていなければならない衛兵までもが、全員、槍を置き跪いた。
「皆の者、聞くがいい。我らは誰しも、英霊の守護に支えられて生きている。この国もまた、雁鉄のヴァリオンド殿をはじめとする高貴なる英霊方の力に多くを負ってきた。ゆえに我らは、常に英霊を敬い続けてきたではないか。生と死の違いなど、些末なことにすぎぬ。忘れるな。冥府神オリシスは、死のみならず再生をも司る御方である。死がなければ、生もまた在り得ぬのだ。我らが問うべきは、ただひとつ。死してなお、正しくあろうとするその姿勢である。ここにおられるサリオンドレル夫人、そしてサリオンドレル嬢は、ともに雁鉄のヴァリオンド殿の尊き血を受け継ぐ、真に誇り高き、高貴なる御方である」
沈黙。
王が続ける。
「繰り返そう。生きているか、死んでいるかなど、どうでもよい。善か悪か、その一点のみをもって裁くのだ。ここに誓おう。我が王国において、サリオンドレル家の御方々が不当に扱われることを、断じて許さぬ。それすなわち、王家そのものに仇なす反逆と心得よ」
王は、参列者のみならず、衛兵一人ひとりの目をも、ゆっくりと時間をかけて見回していく。
それから王は、拳を高く上げて叫んだ。
「雁鉄!」
参列者が立ち上がり、それに続く。「雁鉄!」
衛兵も立って槍を持ち、その石突を床に打ち付ける。「雁鉄!」
鳴り止まぬコール。振動する床。
参列者たちが、次々とメリシエルとアレクサンドラに握手を求め、近づいていく。
なるほど、実体のないアレクサンドラと握手ができる者は、それほど多くはいなかった。それでもアレクサンドラは、かつてないほど満たされ、泣いていた。
自分が認められたことが嬉しいのではない。
彼女は、メリシエルのことを忌子として産んでしまった自分を、ずっと責めてきた。メリシエルに、村人から石を投げつけられるような経験をさせてしまった。
そして、母である自分以外に誰とも関われない、孤独な人生にしてしまった。レイスである自分が、いつか浄化されてしまえば、メリシエルはどうなるだろう。ずっとそんなことを考えてきた。
けれど、メリシエルは今こうして握手を求められている。メリシエルは、これから人間として生きていける。その確信が、アレクサンドラの止まらない涙となっていた。
武術教官のタルウェンが、そんなアレクサンドラの肩を抱き、ハンカチで涙を拭いてあげている。それでもアレクサンドラの涙は、とめどなく溢れてくる。
そして、雁鉄のヴァリオンドが冥府へと帰っていく。
メリシエルが、去り際にあるヴァリオンドに話しかける。
「さようなら、おじいちゃん。また、会える? もっとお話し、したかったよ」
「メリシエル、可愛い我が子孫。また会える。愛しておる。それを忘れぬようにの」
お忙しいところ、第6話までお読みいただきました。ありがとうございます。嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
ある意味、この謁見で王が示した行為もまた、礼儀作法です。相手のことを大切に思っていることを伝えるための技術です。この王の名は、オルフェリウス=ヴァルディス。オルフェリウスは「音色を操る王」、そしてヴァルディスは「真実を統べる者」の意味を持ちます。鋭く文脈を読み、真実の言葉によって統治する。そんな加護「真言」の持ち主として描写しました。
引き続き、よろしくお願い致します。