第5話 礼儀作法
国王に呼ばれた。しかも公式に。
ひと月後、王宮の大広間で、記録に残される謁見が行われる。
メリシエルは、母であるアレクサンドラから、一般レベルの礼儀作法は学んでいる。しかし、国王との謁見など想定していない。
呑気なメリシエルを横目に、アレクサンドラが慌て始めた。
それに気づいたセリオナールが、優しく話しかける。
「アレクサンドラ様、落ち着いてください。ちゃんと、礼儀作法の教官がついてくれますから。それよりもアレクサンドラ様。あなたにも、訓練が必要になると思います」
驚くアレクサンドラ。
「セリオナール先生、どうして? お母さんも、王様に会うの?」
「ええ。オルフェリウス陛下は、アレクサンドラ様の同席を強くお求めです」
アレクサンドラが固まる。生前は、ただの村人として生活していた。そんな自分が、まさか、国王に謁見することになるだなんて、夢にも思ったことがない。
メリシエルは、まだ9歳。どうしても、この謁見の重さが理解できない。そんなメリシエルの教育だけでも大変なのに。さらに自分まで謁見させられるとは。
「そういえば、王様の名前。私、知らない」
やはり、呑気である。
「オルフェリウス=ヴァルディス陛下です。ここ、ヴァルディス王国の統治者。古代エルフ語で、オルフェリウスは『音色を操る王』、そしてヴァルディスは『真実を統べる者』です」
この学院に来てから。
アレクサンドラは、自分の姿を見ることができる人間がたくさんいることを知った。自分に触れることができる人間も、ここには多数いる。
アレクサンドラは、強い加護を持つ人々の中では、人間として扱われる。
その事実に、驚愕している。そして、喜びを感じている。
「オルフェリウス陛下の加護は、真言です。嘘や偽りを見抜き、魂の声までをも聞き取る強力な加護です。おそらく、アレクサンドラ様のお声も、聞き取られるかと」
なんということ! それでは、アレクサンドラは、見られ、触れられ、会話もできる。それは、レイスなのだろうか。もはや人間と、何が違うのだろう。
◇
学院の一室。磨かれた床。そこに敷かれた赤い布の上。
そこで、メリシエルは不格好に頭を下げていた。
「メリシエルさん。その角度では、お辞儀というより、頭突きです」
と、礼儀作法の教官、セリヴァン(礼節の守護者)が苦笑する。
横で見ているアレクサンドラは、肩を震わせながら笑っていた。
「お母さん。私、こんなの、できないよ」
アレクサンドラは、娘を励ましている。
「他人事ではありませんよ。アレクサンドラ様も、この後、やりますからね。覚悟してください」
アレクサンドラは、姿勢を正し、身体の輪郭だけで「頑張ります!」と表現した。
もう、第5話までお読みいただきました。ありがとうございます。嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
礼儀作法って、重要です。相手のことを大切に思っていることを伝えるからです。もちろん、礼儀作法よりも重要なことはたくさんあります。ただ長期的には、礼儀作法への投資効果は高いと考えています。
引き続き、よろしくお願い致します。