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第46話 デート。

 サリオンドレルがこの地に来てから、5年の歳月が過ぎた。


 メリシエルは19歳。アレクサンドラが死んだのと同じ年齢になった。メリシエルとアレクサンドラは、なんだか双子みたいに見える。


 オルセリオンは22歳。エルシアナの見た目は相変わらず12歳だが、実年齢は約160歳になっている。


 黒薔薇の街は、人件費のかからない死霊たちの活躍もあって、まだまだ発展を続けている。同時に、街としての落ち着きも出てきて、観光客もかなりの数になる。


 そんな中、秋の観光シーズン、日曜日を迎えていた。


 石碑のある中央広場から続く目抜き通りは、午前中のうちに人で溢れる。案内板の前で地図を確かめる家族連れ、露店の試飲を受ける若者、土産物屋で立ち止まる旅行者が、人の流れを邪魔している。


 舗道は黒色の石を磨き上げたもの。清掃員が早朝に水を打った跡がまだ涼しげに残っている。水路では観光用の小舟が小間隔で運航し、停留所の屋根は黒薔薇の紋章で統一されていた。


 カラスが多いのも、この街の象徴。むしろ観光客は、そういうところも期待している。


 オルセリオンとメリシエルは、中央広場から南側の水路沿いを、手をつないで歩いた。二人とも黒基調の外套を軽く羽織り、歩調は揃っている。周囲に気づかれることは多いが、視線は長くは続かない。


 有名人に対する距離の取り方もまた、街が成熟した証拠なのだろう。


「人が多いね。もう今日の便、満席だって」


 オルセリオンが水上案内の掲示板を見て言う。時刻表は三つの言語で書かれ、混雑予想が色分けされていた。


「ゆっくり歩きましょう。あの橋を渡って、旧工房街のほう、行ってみたいな」


 メリシエルは橋の先の混雑を確認し、広い方の側道を選ぶよう促した。漆黒のアーマーを装備したガーディアンたちは遠巻きに配置され、露骨ではないが視界の端で動線を管理している。


 この漆黒のアーマーもまた、観光客に大人気だ。お土産のガーディアン人形は、飛ぶように売れる。


 橋の上からは、均整の取れた屋根の連なりと、手入れされた水面が見渡せた。水鳥の研究者だろうか。水鳥の数をカウントして記録していた。


「お昼、どうしようか?」


「工房街の角に、新しくできたスープ・パスタのお店があるの。席数は少ないから、並ぶかもしれないけど」


「魔王系? 魔王系じゃなかったら、そこがいいな」


 メリシエルは笑って


「魔王系じゃないよ。安心して」


 会話は短く、決定も簡潔だった。二人の間では、余分な確認はほとんどいらない。けれど二人は、つないでいる手の感触を、とても大切に楽しんでいる。


 旧工房街は、かつて錬金や細工のために使われた棟が改装され、ガラス工房、革製品、香の店、喫茶店が並ぶ区域になっている。


 壁面の黒は、無彩色に近いものと暖かみのある墨色が混在している。窓枠や看板の金属部は、綺麗に磨かれていた。路面の段差は最小限に整えられ、足腰の悪いものでも回遊しやすい。


「いらっしゃいませ。見学だけでもどうぞ」


 ガラス工房の店主が声をかけ、そのあと、しまったという顔をする。一般客かと思ったら、メリシエルとオルセリオンだったから。


 店内には黒と透明を重ねた薄い器や、黒薔薇の文様を封じたペーパーウェイトが並ぶ。メリシエルは一輪挿しの角度を確かめ、光の通りを見た。


「持ち運びには、もちろん、箱をご用意します」


 メリシエルは、納得したようだ。オルセリオンも、その一輪挿しにつけられた値札を見て頷く。


「これだけの品質なのに、安くていいね。取り置いてもらえますか? 今日の帰りに寄ります」


 通りの先では、観光案内所が試験的に導入した混雑表示を行う魔道具が出されていた。表示は街の主要三地区を色で示し、現在の人流と推定待ち時間を提供する。


「南の噴水広場はオレンジだ。正午前後にピーク。夜以外は、ずっとピークってことか」


「じゃあ、先に水路公園を回って、広場には午後の遅い時間に行けばいいかな?」


 水路公園は街の復興後期に整備された帯状の緑地。水鳥の保護区域を兼ねている。餌やりの時間があり、係員が子どもたちに距離の取り方を教えていた。


「触らないで、目線を低くね」


 係員の声に従い、子どもが膝を折る。水鳥は警戒を解かず、しかし落ち着いた動きで餌を食む。


 昼食は、工房街の角に新しくオープンしたスープ・パスタ屋で取った。かなり待たされたが、メリシエルとオルセリオンは、その立場に関係なく、並んでいた。


 それでも、店員はもちろん。この二人よりも前に食べていた人、並んでいた人は、気が気でない。先客は急いで食事を終え、メリシエルとオルセリオンの待ち時間の短縮に協力した。


 テーブルは狭いが清潔で、食器の擦れる音が一定のリズムで流れる。


「塩加減が、やさしいね」


 オルセリオンのその言葉に、メリシエルが気づいて、店員に尋ねた。


「しまった、これ、観光客向けに調整してる方かも。地元向けは、別の鍋ですよね?」


「メリシエル様、すみません! おっしゃる通りです! いますぐ、作り直します!」


「大丈夫。これで、お店にまた来る理由が増えました。むしろ、嬉しいですよ」


 食後、二人は市場路地を抜けた。ここは常設の屋根がかかり、香辛料、干した果実、保存パン、針、糸、旅用の小瓶が整然と並ぶ。価格は区画ごとに掲示板に記載され、過剰な値引き交渉は推奨されていない。


「この塩、粒が大きい!」


 メリシエルが袋を持ち上げる。


「買う? 勝手に買って帰ったら、エルシアナ姉さん、怒るかも」


「じゃあ、少しだけ買っていきましょう。で、エルシアナ姉さんが気に入ったら、また買いにこよう」


 店主が秤に乗せ、封蝋を施した。紙の色は街指定の落ち着いた茶で、観光地らしい記念スタンプ付きの紙は希望者のみとなっている。


 午後に入り、南の噴水広場へ向かう。道幅は広く、中央に休憩用の長椅子が等間隔に置かれている。世界最高と名高いダークエルフたちの楽団。その演奏は、一時間ごとに入れ替わる。


「いつも、素敵。皆様の演奏、本当に素敵」


「そうだね。メリシエル。今度、夜のコンサートも行こうよ。招待されてるのに、まだ一度も行けてないから」


 中心の大噴水は黒薔薇を模した多層構造で、花弁の縁から水が連続して落ちる。太陽は傾きつつあり、光は水面で拡散して反射を柔らげている。


 メリシエルは鞄の口を閉じて、噴水の周囲をゆっくり一周した。黒の石に水が走り、一定の周期で霧が上がる。髪や服が濡れにくいよう、霧の粒径が調整されていることが案内板に明記されていた。


 広場の一角で、地域の小規模な展示が開かれていた。街の復興工程を時系列に示したパネル、設計図の一部、材料のサンプル。触れて良い部材には緑の印があり、触れられないものには赤い印がつく。


 オルセリオンは説明員の言葉に、誇らしげに目を細める。メリシエルはサンプルを手に取り、その表面を光にかざして詳細を確認した。


 もう少しで夕方になるころ。広場の人出が一度落ち着く。二人は水路の西側に移り、ベンチに腰掛けた。観光用の小舟の行き来は絶えず、係員がロープを投げ、乗降の流れを崩さない。


 水鳥は流れの弱い場所を選んで休む。カラスは屋根の影から、何か食べ物が落ちていないか、街の様子に注意を払っていた。遠くで鐘が一度だけ鳴り、時間を告げた。


 夕方。工房街に戻ると、昼よりも静かだった。観光客の流れが広場の方向へ戻り、店内の応対は落ち着いている。ガラス工房では、昼に見た一輪挿しが「売却済」という札をつけられ、棚にあった。


「こちら、検品済みです。ご確認ください。サリオンドレル家に納品できるなんて、本当に光栄です」


 布手袋をした店主が一輪挿しを持ち上げ、細部を示す。


「ありがとうございます。大切にしますね」


 メリシエルは嬉しそうに答えた。


 香の店にも立ち寄った。小箱の試嗅が用意されていた。黒檀の蓋を開けると、乾いた草と樹脂が混じった短い香りが立つ。


「強くない」


「室内用だね。いいね、私、これ好きだな」


「客間に向くかな」


 外に出ると、日が落ちかけていた。水面の反射は弱まり、死霊により、街灯が順に点けられていく。光は白でも金でもなく、均一な灰に近い色温度。影が濃くならず、歩行者の顔が過度に明るくならない。


「帰ろうか。楽しかったね。こんな時間、久しぶりだ」


「少しだけ、遠回りしよう。もう少しだけ、オルセリオン様と一緒にいたいの」


 二人は広場へ直線ではなく、水路沿いの回遊路を選んだ。途中にある展望デッキでは、警備の隊員が定位置から人流を確認し、必要なときだけ動く。余計な言葉は交わされない。人は多いのに、静かだ。


「この街は、ちょっと混みすぎかもしれないね。メリシエルは、どう思った?」


「街の西側、もっと大きくしてもいいかもね。地元の人がデートする場所として、整備するのどうかな? 観光客はありがたいけど、地元の人を優先したいな」


 メリシエルはデッキから最後に水鳥を見て、スカートについた埃を払った。


 広場に戻ると、周囲には土産袋を提げた旅行者、地図を畳む子ども、持ち物を確認する老夫婦の姿があった。誰も急いでいない。


 黒薔薇の街は、完成と発展のあいだで均衡を保ち、こうした日曜日の記録を静かに積み上げていく。


 二人はそれに歩調を合わせ、手をつないだまま帰路についた。



第46話でした。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。嬉しいです。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


メリシエルとオルセリオン。もちろん、仲良し夫婦です。ただ、メリシエルは孤児院の拡大に、オルセリオンは街の発展のため、いつも忙しく仕事をしています。たまには、こうした休暇も必要ということで、この日は羽を伸ばす二人なのでした。


引き続き、よろしくお願い致します。

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