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第43話 ナヴィエル=ノクシエル

 ナヴィア、本名ナヴィエル=ノクシエルは、疫病の発生した小都市ヴェルドから、避難民としてこの街にやってきた。20代前半に見える成人女性だが、身寄りはなく、ヴェルドでは花屋で働いていたという。


 ナヴィアには、健康上の問題はなかった。黒薔薇の街にやってきてから、疫病患者の臨時治療班に組み込まれ、事務処理の仕事に従事した。


 そこで彼女は、才能を開花させた。


 気弱で、押しが弱く、声も小さい。しかし事務仕事をしている時だけは、別人のようにハキハキと受け答えをし、場合によっては上司にも指示を出す。


 避難民の全員に住居があてがわれ、臨時病院にいた最後の入院患者も退院した。そうして臨時治療班は解散し、これから正規の病院を立ち上げる任を命じられた。


 ナヴィアの活躍は目覚ましかった。


 ナヴィアに、医療系の知識があるわけではない。しかし、患者、医師、薬師、治癒魔法使い、浄化魔法使いなど多様な専門性の関係を整理し対話のフローを作成するなど、地頭の良さが光った。


 彼女の評判がオルセリオンの耳に届くまで、そう時間はかからなかった。


「ナヴィエルさん。というわけで、これからは街全体の管理の仕事、執務長になってもらいたいのです」


 ナヴィアは、まさか自分が、そんなに大きな仕事を任されるとは思ってもいなかった。小声で、


「オルセリオン様。私にはそんな重積、務まりません……」


 オルセリオンは察して、


「じゃあ、とりあえず業務を手伝ってもらうことにして、様子を見てから立場について決めましょうか」


「か、かしこまりました。私のことは、ナヴィアとお呼びください」



 ナヴィアは、期待以上の働きをした。


 オルセリオンの執務には特徴がある。右腕に召喚された雁鉄のヴァリオンドは、右腕として、オルセリオンとは別の仕事をこなす。左手も使えるようにしたオルセリオンは、左手で仕事をする。


 オルセリオンと雁鉄のヴァリオンドは、今では会話をしなくても、意思の疎通ができる。オルセリオンは一人に見えるが、実際には能力の高い二人の人間の「結合体」だ。


 印象で言えば、二人で五人分くらいの仕事をこなす。


 そんなオルセリオンと雁鉄のヴァリオンドの補佐をするのは難しい。この二人は、意思疎通に会話を用いないため、周囲には、いつも結論しか見えないのだ。


 例えば、こうだ。


「不浄の森、街から2km地点に温泉が湧いている。そこを観光用に整備する企画を作ってもらいたい」


 企画を作るためには、なぜ、観光用の設備が必要と判断されたのか。対象となる観光客は一般人なのか富裕層なのか。周辺にいる魔物は討伐するのか、それともテイム(魔物の使役)や保護の対象とするのか。


 結論としては「温泉を観光用に整備」する。しかし、優れた企画に仕上げるには、こうした背景、特に企画の目的について理解していないと不可能だ。


 一般には、こういう情報は、会議の場で共有される。


 ただ、オルセリオン(と雁鉄)は忙しすぎる。会議はもちろん、ゆっくりとそういう話をしている余裕がない。


 ナヴィアは、こうした背景や目的を「推測する能力」を持っていた。


 ランチまで、あと少し。そんな時間。


「ナヴィア、完璧な企画です。君はなぜ、こんなにも仕事ができるのですか?」


 オルセリオンは思わず、そう尋ねた。雁鉄が何かに気づいて、


「お主。間違っておったらすまぬが、その職務能力、加護の力であろう。『推理』ではないか? 我の昔の同僚が、それと同じ加護を持っておった」


「い、いえ。私にはそんな力など……」


 執務室で本を読むのが習慣になっていたアレクサンドラが口を挟む。


「ナヴィエルさん。あなた、私のこと見えてるでしょう?」


「い、いえ。だって……本が宙に浮いてるのは見えます。そこに英霊がいらっしゃるのだろうなって……それだけです」


「あなた、私の声まで聞こえてるじゃない。声が聞こえているなら、姿も見えているはずよ。相当な加護持ちよね」


 もう、隠せない。ナヴィアは、観念した。


「申し訳ありません……おっしゃる通り、加護の力です」


「お主、名をなんと言ったか?」


「ナヴィエル=ノクシエル……です」


「ノクシエル……お主、まさか、そうか、ナヴィエル=ノクシエル! 久しいのう!」


「雁鉄様。お久しぶりにございます」


 オルセリオンが、たまらず発言する。


「雁鉄様とお知り合いということは、まさか。雁鉄様の昔の同僚って、ナヴィア?」


「300年ほど前も、私は、雁鉄様の部下でした。『推理』の加護は、戦況を読むのに適しています。それで私は、雁鉄様の補佐をさせていただいていました」


 雁鉄が聞く。


「人間は300年も生きんだろう。どうして、人間のフリをしておったのだ?」


「実家から……そのように言われております。人間の社会に溶け込み、いざという時には……実家のために働くようにと」


「実家とな。ノクシエル、夜の誓血を戴く宗家。まさか、ヴァンパイアの頂点にある、あのノクシエル家とな?」


「はい。本家の末娘……です」


「大貴族ではないか! どうか、300年前からの私の無礼をお許しいただきたい」


「無礼だなんて、そんな。それよりも、私……もうここにはいられません。いざというとき、人間に反旗を翻すことを命じられた、汚れた存在です」


 オルセリオンが返す。


「困ります。ナヴィアにいてもらわないと。それに、むしろ汚れた存在を受け入れるのが、この街ではありませんか」


 アレクサンドラが、興味本位もあって、重ねる。


「私も、人間じゃないわ。それにおじいちゃんも、まあ、怪しいわよね。人間かどうかなんで、どうでもいいじゃない。それよりもあなた、やっぱり、血を吸うの?」


「血は、私は、吸いません。吸うと、相手の加護を一時的に複写してしまうんです。その感覚が、私にはとても気持ち悪くて……苦手なんです」


「なんと。では、我の血を吸えば、一時的にではあっても、お主の戦闘力は我に並ぶのか」


「加護を複写するだけです。雁鉄様の土台となっている能力までは、複写できません。もちろん、強くはなるでしょうが。雁鉄様に匹敵するなど、とんでもございません」


「おじいちゃん、そもそも血なんてもうないじゃない。血も涙も、ありませんよ。おじいちゃん、本当にバケモノよね」


「やかましい! お主の方が、よっぽどではないか!」


 皆が笑った。


 そこに、孤児院の仕事にひと段落つけてきたメリシエルとエルシアナが入ってきた。


「ランチ、みんなで、スープ・パスタ、行きましょうよ!」


「また魔王系? メリシエル、いい加減飽きないの?」


 ナヴィアが、恥ずかしそうに


「私も……魔王系、大好き……です」


「ナヴィアさんも? じゃあ、これから一緒にいきましょうよ!」


「私は、パス。胃もたれするもん。メリシエルとナヴィアさんで、行っておいで」


「えー。じゃあ、オルセリオン様は?」


「僕も……ちょっと、魔王系は……具合悪くなるから、ごめん」


 メリシエルは、恐縮するナヴィアの手を引いて、執務室を出ていった。皆はまだ、ナヴィアに聞きたいことが色々あったのに。


 けれど。


 メリシエルにとっては、ナヴィアがヴァンパイア・クイーンであることなど、どうでもいい。魔王系仲間。それで、十分だ。



これで、第43話になります。お読みいただき、嬉しいです。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


人口が増えれば、確率の問題として、逸材が出てきます。そうした逸材を逸材として見抜き、登用する。当たり前のことですが、それが難しい。


引き続き、よろしくお願い致します。

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