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第41話 運命を屠るものたち

 そもそも冥府神の前での婚約「永遠なる輪廻を共に(エルナ・シリエン=ラ=ファメル)」は、結婚と同じか、それ以上の意味を持っている。なので結婚については、書面上のことだけだと割り切っていた。


 実際に、メリシエルが15歳になったとき。アレクサンドラは、オルセリオンの養子縁組の届けと合わせて、婚姻届を王宮の禁書庫に届けている。それで終わり。


 それに、黒薔薇城と街の整備に、ずっと忙しかった。


 そうこうしているうちに、メリシエルは16歳となり、オルセリオンは19歳になっていた。エルシアナだけが、12歳の少女(の姿)のまま。


 エルシアナが、少し偉そうに言う。偉そうにしないと、子どもみたいだから。


「あなたたち。せっかくだから、結婚記念パレード、やりなさいよ。最近、大きなイベントがなくて、街の人たち、少し退屈してると思うし。お姉ちゃんも、パレードみたい」


「エルシアナ姉さんの提案だし、お祭りになるなら。それも、いいのかもね。私もまた、ドレス着たいし」


「あなた、ドレス着たまま、魔王系スープ・パスタ、食べちゃダメだからね」


 三人で、笑った。



 パレードは、黒薔薇城から街の中心にある石碑までの道のりを、エルシアナとオルセリオンが歩くだけのイベントとして整えられた。それで、十分。


 秋の月明かりが色濃くなる時間。


 観光客も混じる中、屋台も多く出て、大賑わいの黒薔薇の街。


「えー、テステス。皆様、聞こえてますね。それでは、皆様、ご静粛に願います」


 拡声の風魔法を付与されたエルシアナが、街に響き渡る声でパレードの始まりを告げる。賑わっていた街が、一瞬で静寂に包まれた。


 エルシアナの姿勢が急に正され、高貴なる存在に変わる。声も、さっきとは全く違っていた。


「オルセリオン=グランディエル=サリオンドレル。並びに、メリシエル=サリオンドレル」


 数百年、あるいは1,000年以上に渡り楽器を演奏をしてきたダークエルフの楽団が、冥府と現世を結ぶ「橋」を表現する。おそらく、この世界で最高の楽団だ。


 生と死、終わりと始まりが同時に感じられる。そんな曲が流れ始めた。


(グリーグ / 過ぎにし春 / Op. 34 / 二つの悲しき旋律 / 第2番)


「愛する我が弟。愛する我が妹。この二人の、エルナ・シリエン=ラ=ファメル(永遠なる輪廻を共に)に、私たちは証人として、共に立ち会います。覚悟はよろしいか」


 婚約式の時と同じように、エルシアナは灰色のドレスを纏い、頭には冥府の王冠を被っている。むしろ、あの時から全く姿が変わらないエルシアナは、どこか「世界そのもの」のように感じられた。


「どうか、二人に、魂からの祝福を」


 エルシアナのこの言葉を合図に、人々が、黒薔薇の花弁を宙に踊らせる。丁寧に、それぞれが花弁に口付けをし、それを両手で風に乗せていく。


 冷たい風が、花弁を天へとさらっていく。けれど、どこか優しい。この街がたくさんの魂でできていることを、静かに告げているようだ。


 その時だった。


 黒薔薇の花弁に反射した月明かりが、沿道に集まる英霊たちの姿を、はっきりと現した。その場にいた皆が、確かに英霊たちをその目で見たのだ。


 英霊たちは、誰もが深い傷を負っていた。しかし魂を強くして、立派に立ちながら、オルセリオンとメリシエルの静かなる行進の証人を務めようとしていた。


「お父さん!」


 少年が、英霊のひとりに近づいて、抱きつこうとする。本来なら、抱きつけないはずだ。しかしこの時だけは、英霊たちは実体を持っていた。


「お母さん!」「テネス!」「あなた!」「お父さん!」「アンドレ!」「息子よ!」「リディア!」


 英霊とその家族が、抱き合う。その場に家族がいない英霊には、街の誰かが寄り添い包容する。そうして英霊たちは誰ひとり欠ける事なく、街の住民から祝福された。


 オルセリオンとメリシエルは、それから、街の中央にある石碑の前にたどり着いた。


『サリオンドレル家に使えしもの。永遠なる黒薔薇の民(ノワリエン)の誇りとともに、ここに眠る』


 オルセリオンは、跪き、メリシエルの左手薬指にある指輪に口付けをした。


 メリシエルは、オルセリオンの指輪に口付けをしてから、次に石碑にも口付けをした。そのまま周囲をゆっくりと見渡し、呼吸を整える。


 それから。


 拡声の風魔法を付与されたメリシエルが、この街にいる全ての魂に、柔らかく優しい声で語り始めた。


「妻、メリシエル=サリオンドレルより、私たちの永遠なる輪廻を見届けていただいた皆様に、厚く御礼申し上げます」


 その場にいた全員が、大切な人と抱き合いながら、メリシエルに全霊で向き合う。生と死に「橋」をかけるネクロマンサーとは、こんなにも崇高な存在なのだ。


 黒いドレスに、銀のティアラ。「橋」でありまた「斬橋」。メリシエルは、矛盾そのもの。矛盾は、この世のいかなる摂理をも超越している。神をも、超越しているのかもしれない。


「私たちは、聖なるものに取り憑かれたこの世界を、強く呪います」


「私たちは動植物を殺し、それを食べ、排泄し、時に血を流し、病気になり、子を産み、子は吐き、よく病気になり、排泄し、遊んで汚れます。そして誰もがいずれ死体となり、最後の排泄をし、腐り、汚れた土になるのです」


「この世を生きる私たちは、紛れもなく、不浄なる存在です」


「不浄、不吉、不潔、不穏、不遇、不慮、不信、不和、不調……」


「なんとでも言わせておけばいいのです。だって、その通りだからです。生きるとは、そういうことだからです」


「不浄であるその真実を見つめ、恥じ、だからこそ正しくあろうとする。それが私たち、不浄なるセリオンドレルの誇りなのです」


 急に、空気が冷たくなった。


 メリシエルの青い瞳、その色が薄くなる。長い銀髪が、重力に逆らい、持ち上がり始める。メリシエルの周囲を、死霊の叫び声がこだまする。


「しかし聖なるものどもは、自らの不浄には目を瞑り、私たちにまた石を投げるのでしょう。石を投げるものと、投げられるもの。いったいどちらが、真に不浄なる魂であるか!」


 アレクサンドラの表情が、怒りに染まる。


「聖なるものどもは、私たちの目の前でまた門を閉ざすのでしょう。門を閉ざすものと、閉ざされるもの。どちらが、真に不浄なる魂であるか!」


 疫病を経験した人々が、死んだ家族や仲間たちのことを思い、涙を流す。


「聖なるものどもは、言いがかりをつけ、私たちをまた地下に追いやるのでしょう。地下に追いやるものと、追いやられるもの。どちらが、真に不浄なる魂であるか!」


 ダークエルフたちが、不当に扱われ続けた歴史を振り返り、唇を噛む。


「世界よ! ああ、世界よ! 恥を、知りなさい!」


「私たちは、等しく不浄なのです! この世界とは、不浄そのものなのです! だからせめて! せめて、この魂だけは! 魂だけは、真に正しくあらんとする! それがセリオンドレルの誓いなのです!」


 空気に温度が戻ってくる。


 メリシエルの瞳に、色が帰ってきた。髪も、落ち着いている。叫び声をあげていた死霊たちも、去った。メリシエルはまた、優しい声で


「生きている皆様。手に何か、食べ物を持ってください」


 キョロキョロし、周囲にいる誰かと食べ物を分け合う人々。チキン、パン、果物、ポテト、串焼き——


「その食べ物は、例外なく死体です」


 改めて死を感じる人々。


「死んでいる皆様。黒薔薇を手にとってください」


 死霊たちが、落ちている黒薔薇の花弁を拾い、それを見つめる。


「その黒薔薇は、まだ生きています」


 改めて生を感じる死霊たち。


 メリシエルが、微笑む。そして矛盾が、メリシエルを祝福する。


「私の愛する、不浄なる黒薔薇の民(ノワリエン)よ! 嘆かわしいこの私たちの運命を呪い、一緒に(ほふ)りましょう! セララ・エン・メルサ!」



ここまで、第41話もお読みいただきました。ありがとうございます。本当に光栄です。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


一つの区切りとなるエピソードです。よろしければ『グリーグ / 過ぎにし春 / Op. 34 / 二つの悲しき旋律 / 第2番』聞いてみてください。素晴らしいですよ。


引き続き、よろしくお願い致します。

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