第38話 難民の受け入れ
黒薔薇城と黒薔薇の街。どちらも、綺麗に整った。
ただ、満足して成仏する死霊が増えていく一方で、人間といえばメリシエルとオルセリオンだけ。ダークエルフのエルシアナを加えても、生きているのは3人だけという状況が続いた。
別に、それで構わない。ただ、せっかくの美しい街はもぬけの空。正直、もったいない。レストラン、屋台、雑貨屋など、賑わっていた方が、楽しい。
とはいえ、3人しか生きていない街に、そうそう人間はやってこない。
黒薔薇が力強く咲き始めた秋の初めごろ。
不浄の森から40kmほど東にある小都市ヴェルドで、疫病が発生し、瞬く間に広がった。
発症者の皮膚は灰色に変色し、呼吸が浅くなる。薬も祈りも効かず、葬儀を出す余裕もなくなった。しかし街を逃れた者たちは、どこへ行っても門前払い。
黒薔薇の街だけが、彼らに門を開いた。難民は、それに縋るしかなかった。
街としての箱は整っているのに、誰も暮らしていない。それに不浄の森にあり、かつては魔王がいたとされるところだ。不気味だが、命には変えられない。難民たちは、少しずつ、この街にやってきた。
最初の難民たちが城門に着いたとき、彼らは異様な静けさに足を止めた。風は吹いているのに、音がない。屋根の上には誰もいないのに、視線のようなものを感じる。
目には見えない死霊たちの気配が、街全体に漂っていた。
「ここ、本当に、大丈夫なの?」
母親が子に問われて、返事を詰まらせたそのとき。街の広場の奥から、一人の少女が歩み出た。
黒の衣を纏い、白銀の髪を後ろで束ねた、メリシエルだった。その姿は、死霊の街に似つかわしくないほど静かで、凛としていた。
「ようこそ、黒薔薇の街へ。疲れたでしょう。怖がらないで。あなたたちは、もう大丈夫ですよ」
澄んだ声が、ガランとした街の壁にこだました。
その声が響いた途端、周囲に漂っていた「気配」が、わずかに後退した。死霊たちはメリシエルの意思に従い、難民を見守る位置に移動したのだ。
それを理解することはできなくても、人々は自然と息を整えた。
——この人は、どこか恐ろしいけれど、きっといい人だ。
メリシエルの傍には、エルシアナが立っていた。エルシアナは、城門から入ってくる難民の病状を確認しながら、必要に応じて浄化魔法を唱えた。その浄化魔法の光が漏れて、メリシエルに少し触れた。
「痛っ! ちょっとエルシアナ姉さん! 気をつけてよ! 私、浄化魔法、嫌いなんだから!」
「何言ってるのメリシエル! こっちは、忙しいのよ! 他に光魔法の使える死霊がいないか、探してきてよ!」
「光魔法が使える死霊なんて、いる訳ないじゃない! 自分で自分のこと浄化しちゃうでしょ!」
いた。
生前は神官だったが、上司にひどく暴行され、その時の怪我が原因で病気になり、死んだ。その恨みから死霊となり彷徨っていた。名をトマス=キュレウス(清めを行う者)という。
トマスは、死霊なのに光魔法を使う。ただ、自分がその魔法に触れないように、両手を前にして首を後ろに逸らし、嫌そうにして魔法を発動する。見ていて、ちょっと面白い。
忙しくしながら、エルシアナが自己紹介をする。
「トマス? 私はエルシアナ。よろしく。こっち手伝って。浄化魔法、たりてないの」
トマスが答える。
「かしこまりました。ただ、私、そんなに魔力、持ちませんよ。どこまでお役に立てるかどうか」
メリシエルは、慎重に聞いた。
「あの、トマスさん。私、ネクロマンサーなんです。私の使役を受け入れてもらえたら、魔力もその効果も底上げできます。ただ、使役されると、あなたは私の命令に逆らえなくなります。それに、私があなたを解放するまで、成仏できなくなります。それでも、私の使役を受け入れてくださいますか?」
トマスはこのとき、生まれて初めて、本物の神性を感じた。
「メリシエル様。あなた様の方が、教会の連中よりもずっと神的な存在です。そもそもネクロマンサーであれば、私の意思に関係なく使役できるでしょうに。なんて、誠実なお方でしょう。あなた様に隷属できるなら、これ以上の喜びはありません。ぜひ、私を使役してください」
そうしてトマスは、アレクサンドラ、使用人エリックとパトリシアに続く、メリシエルが使役する4人目のアンデッドになった。
死霊トマスは、レッサーレイスとして使役された。トマスが光属性の魔法を使えるのは、絶対神の加護の持ち主であり、光を主属性、水を副属性としていたからだった。
珍しい絶対神の加護持ちが、これで2人になった。
エルシアナとトマスは、不眠不休で、次々とやってくる難民の浄化を行なった。難民にも、エルシアナは見える。しかし、トマスは、多くの人間にとって目視できない存在だ。
この世のものではない、不浄なる存在が、自分たちを治癒してくれている。疫病を抱え、他者から拒絶された難民だからこそ「不浄だからなんだ」という気持ちが湧き上がる。
「姿は見ることができませんが、ありがとうございます。本当に、助かりました」
トマスは、死霊となって初めて、誰かに感謝された。それが嬉しくて。目に涙を溜めながら、トマスは、嫌いな光魔法を放ち続けた。
疫病の影響がなかった人間は、次々と、オルセリオンによって組織化されていく。重病者はあの施設に。回復基調の人はこちらに。そして健康な人は組織に。子どもは、集会所に。
オルセリオンの頼りになる人オーラ全開。女性はもちろん、いい歳をした男性もまた、オルセリオンのファンになってしまう。そんなオルセリオンが、何度も説明している。
「皆様。この街には、多数の英霊がいます。いわゆる死霊ですが、安心してください。英霊です。悪いことはしません。むしろ、皆様のことを助けてくれる英霊です。皆様のご先祖も、いらっしゃるかもしれません。とにかく、怖がらないで。怖いのは、死霊よりもむしろ、人間です」
——英霊とともにある街。疫病患者でさえ受け入れる、黒薔薇の街。
集会所の子どもたちの対応は、メリシエルとアレクサンドラが担当した。
メリシエルは、ちょっと恐ろしく感じるけれど、綺麗だし大人気だった。アレクサンドラは、そもそも多くの人間には姿が見えないため、子どもに相手にされない。
アレクサンドラは、メリシエルに嫉妬していた。そんなとき。
「お姉さん。なんて綺麗な人……」
子どもの一人、7歳の少年に、アレクサンドラが見えていた。アレクサンドラの姿は、死んだ19歳の時のまま。お姉さんに見える。アレクサンドラは、思わず
「まあ! なんて礼儀正しい子なのかしら!」
と感嘆した。子どもは
「そんな、礼儀正しいだなんて。いつも、お母さんに怒られてばかりでした……」
聞こえている。アレクサンドラが見えて、声まで聞こえる。相当な加護持ちだ。名をセリュ=ダイン(礼儀正しい暴力)という。彼は両親を失い、孤児になっていた。
後にセリオンドレル家の一員になる、越境のセリュ=ダイン。全属性使い、絶対神の加護を持つ勇者だった。
黒薔薇の街は、変わり始めていた。死者と生者。その違いではなく、共通点を探る街。生死を超えて、正しくあろうとする街。石を投げられた者から優先的に受け入れる街。
死霊たちは子どもたちの遊ぶ声に反応し、音もなく歩道を掃き、壊れた灯を修理した。治療の甲斐も虚しく亡くなる人もたくさんいた。そんな死者に黒薔薇を供える薄淡い光、影、輪郭が見られた。
死者たちが自分の街を「生者のために整えている」ことだけは確かだった。それが、ギリギリのところで命を繋いだ生者たちには、はっきりと認識できた。
──英霊がいる。英霊が、守ってくれている。
一方、アレクサンドラは夜ごと、王都への手紙を書いて、長距離を移動し届けていた。
『疫病避難民900名を受け入れた。うち120名が重症。食糧・薬草・布類の補給を要請する』『死者の多くが埋葬に間に合わない。疫病下における埋葬の安全な進め方を求む』『元気の余る子どもたちの対応に困っている。絵本やぬいぐるみなど、子どもの気を紛らわす物品を』
アレクサンドラはそんな手紙を、ヴァルディス国王との約束通り、王宮の禁書庫に置き続けた。その手紙の全てに、黒薔薇の印が押されている。これでわかってくれる。陛下なら。
それから3週間後。
名と所属を名乗らない、荷馬車の大隊が到着した。荷馬車に積まれた木箱の中には、大量の穀物、薬草、布、絵本、ぬいぐるみ、書籍が入っていた。
大隊長らしき人物が、無言で、オルセリオンにメモを渡した。
『頼ってもらえて、嬉しい。またいつでも』
オルフェリウス陛下の筆跡だった。
第38話でした。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
いよいよ、黒薔薇の街に、生きた人間がやってきます。その原因は、疫病でした。不浄なるものとは、一体、なんなのか。不浄として排除されるものは、どう生きていくのか。考えてみました。
引き続き、よろしくお願い致します。




