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第35話 不浄への恐怖

 総勢1.5万、3拠点に分散された敵軍を相手にして、サリオンドレルは短期間で勝利を収めた。敵国の第一王子を筆頭に、多数の将も撃破した。


 そんなサリオンドレルは、ヴァルディス王国の人々に、歓喜によって迎えられなかった。むしろ、不浄なるものへの軽蔑が広がっていたのである。


 加護キャンセラーの発動下では、物理攻撃の通らない死霊系アンデッドが無敵状態になる。聖水を投げつける程度のことはできるが。


 レイスだけでも絶望的なのに、精神攻撃を得意とするスペクターと、死の予告を打つバンシーまでいる。この3霊体は、一般には目視さえできないのだ。


 絶対神の加護持ちなら話は別だ。加護キャンセラーの効果が絶対神の加護にだけは、及ばないからだ。ただ、そもそも絶対神の加護持ちは極端に少ない。


 サリオンドレルには、その絶対神の加護持ちまでいる。しかも、光と闇の線対称属性を、同時に主属性として持っている。伝説にも聞かない魔法使いだ。


 魔王軍。


 初めは、誰かが冗談で言ったのだろう。だが、サリオンドレルではなく、魔王軍の呼称の方が、人々の間で使われるようになっていく。


——ここは、名に神が宿るとされる世界。


 加護キャンセラーは、絶対神が魔王を生み出そうとして世界にばら撒いたのではないか。そんな疑念が、王国幹部の間でも、囁かれるようになった。


 メリシエルとアレクサンドラが友だちや教員にせっせと出していた手紙。その手紙への返信も、パタリと届かなくなった。


 セリオンドレルが、ある小さな街の宿屋に滞在していたとき。伝書鳩の足から紙切れを抜き取ったオルセリオンが、暗い声で皆に伝える。


「加護キャンセラーを返却するようにと。王命だ」


 アレクサンドラが、思わず口にする。


「オルフェリウス陛下が、そんな……」


 雁鉄が諌めて


「陛下のご本意ではない。陛下でも、家臣どもの不安を抑えきれぬのであろう」


 エルシアナが警告する。


「これ。加護キャンセラーを返しに行ったら、メリシエル、暗殺されるよね。聖水をたっぷり染み込ませた矢が、きっともう、無数に準備されてる。王宮なら、聖剣だってきっと何本もある」


 メリシエルは、その警告に対して、意外なほど陽気に言葉を返した。


「じゃ、王国を離れましょう。私は全然、問題ないよ。こうして家族でいられたら、私は、それで十分」


 オルセリオンが、申し訳なさそうに言う。


「でも、僕は。冥府の神様から『争いごとをなくせ』との命令を受けてる。世間から離れてしまったら、それも実現できない」


 メリシエルは、思いついて


「うーん、じゃあさ。戦争を見つけたら、戦争している人たちをみんな、やっつけちゃえばどうかな? そんなことしたらダメだよって」


「この世界の戦争から、勝者を無くす……」


「そう。戦争では、何も解決できないようにするの。戦争をしたら、魔王軍が来るぞって」


 エルシアナも、なんだか楽しくなってきた。


「メリシエル、それいいかもね。いっそ、伝説の魔王がいたっていう廃城に暮らすとか、どうかな?」 


 アレクサンドラも乗る。


「世界から幽霊とか闇属性の人たちを集めて、賑やかな街も作りたいわ。美味しいレストランとか、可愛い雑貨屋さんとか、誰にも遠慮なく楽しみたい。あ、私、パン屋さんやってみたかったの!」


 しかし、オルセリオンは慎重だ。


「念のため、陛下に確認をしておきたい。加護キャンセラーの返却に、どのような意味があるのか。もしそこに誤解があったら、僕たちは単なる反逆者ってことになる。セリオンドレルの家名が犠牲になる」



 アレクサンドラが、王の寝室にいる。


「陛下。夜分申し訳ありません。確認に参りました」


 国王オルフェリウスは、驚かない。


「待っていたぞ、アレクサンドラ。すまない。もう、貴族たちを抑えきれない。注意してくれ。王宮内には、聖剣の類が多数準備されている」


「やはり。陛下、残念ですが、これでお別れです。陛下には、とても良くしていただきました。あの謁見の日のこと、決して忘れません」


「待て、アレクサンドラよ。土産がある」


 そう言って、国王は、3枚の紙をベッドサイドの引き出しから取り出した。1枚目には「サリオンドレル家に対する処遇」が記されていた。


 曰く、サリオンドレル家の300年に渡る功績を讃え、王国外での完全な自由を保証するとある。つまり、サリオンドレル家が王国を離れても、反逆にならない。家名に、傷はつかない。


「それとエルシアナ=ゼルドレルのことだ。彼女は、公式にはサリオンドレル家の人間ではない。彼女の養子登録は、王国を離れる前に終わらせておけ。さもないと、彼女だけ反逆罪に問われてしまう」


 アレクサンドラは、あれ? と思った。陛下が、平民、エルシアナの名前を正確に覚えているだなんて。


「かしこまりました」


「それと。オルセリオンには、これを」


 2枚目の紙には「オルセリオン=グランディエルの処遇」が記されていた。数々の戦功、および王国の孤児院運営の基礎を築いた功績を讃え、王国外での完全なる自由を保障するとある。


 メリシエルは、まだ14歳。公式に結婚ができる年齢まで1年足りない。オルセリオンは、公式に結婚し、婿養子となって初めて、サリオンドレル家の人間になる。それへの個別配慮だった。


 ただ、オルセリオンに対する文書は、そこで終わっていなかった。


 文書の最後に、一文。「エルシアナ=ゼルドレルを監視せよ」と記されていた。アレクサンドラは、あからさまに不機嫌になって聞いた。

 

「陛下。この監視命令の存在は、エルシアナ本人にも伝えてよろしいですか? 家族が家族を疑って生きるなんて、私は嫌です」


 国王は、ため息をついて言う。


「それは、そなたたちに任せる。最後に、アレクサンドラよ。そなたには、これを」


 最後の紙には「アレクサンドラ=セリオンドレルの処遇」が書かれていた。王宮禁書庫への出入り、および、特定の印が付与された書物・文書の持ち出し許可が記されていた。


 特定の印は、このためだけに作成された王印の1つだろう。


「陛下。これは? 今すぐ、持ち出すべき文書があるということでしょうか?」


「そうだ。どうしても、オルセリオンに知ってもらいたい事実がある。それが書かれている文書が、王宮禁書庫にある。わかりやすい場所に置いておいたから、今晩、持っていくように」


「わかりました。今後も、王宮禁書庫を通して、陛下と私たちは、対話できるという理解でよろしいですか?」


「もちろんだ。そなたたちは紛れもなく、国の誉たる英雄なのだ。そんな英雄と断絶するなど、王家の人間としてあってはならぬこと。我は、そなたたちのこと、しかと歴史に刻んでおく。後世の歴史家に要らぬ誤解をされぬよう。しかし今は……申し訳ない」


 そう言って、国王はその場で跪き、首を垂れた。


「陛下。頭をお上げください。数々のご配慮、痛み入ります。私たちは、大丈夫です。いつかまた、陛下と共にあれること、信じております。それでは、私はこれにて。重ねて、御礼申し上げます」


 国王が頭を上げると、もうそこに、アレクサンドラの姿はなかった。



これで第35話。あと1話で3章も終わりです。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


国王でも御せないほど、人々の魔王軍に対する恐怖が高まってしまいました。もちろん、個別には恐怖に打ち勝てる人もいます。けれど国王として「恐怖するな」と命令しても、それは感情の問題であり、無効です。真言の加護を持つ国王だからこそ、人々の恐怖が本物であることが見えるのです。苦しい立場です。


引き続き、よろしくお願い致します。

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