第32話 アレクサンドラの怒り
刺客の死体からは、刺客はどこの国の者だったのか、全く手掛かりが掴めなかった。
ただそれは、無色透明で、壁をすり抜けることができるアレクサンドラによって、あっさりと明らかにされた。
辺境伯が、サリオンドレルの滞在を隣国のダグナダイン王国に漏らしていた。辺境伯は、長男を人質に取られ脅されていたのだ。
アレクサンドラは、イライラしながら
「オルセリオン様。辺境伯のご長男、救出されますか?」
オルセリオンは、この質問を質問で返す。
「サリオンドレルの血は、なんとおっしゃってますか?」
「さっさと、片付けましょう。私、ちょっと機嫌が悪いので、いざとなったらお止めください。やりすぎちゃいそうです」
敵国は、まだ加護キャンセラーを持っている可能性もある。なので、メリシエルは救出隊には入れられない。結局、アレクサンドラとオルセリオンの二人で救出隊を構成した。
刺客が倒されたことが、先方に伝わる前。いますぐ向かった方がいい。
ワイバーンが1頭、夜の空に消えて行った。それからおよそ3時間後、辺境伯の長男は、辺境伯の屋敷にいた。ただ、長男はかなり怯えていた。アレクサンドラの「やりすぎ」を目にしたからだ。
ダグナダイン王国は、しばらくは、辺境伯はもちろん、ヴァルディス王国にちょっかいを出してくることはないだろう。
アレクサンドラが「やりすぎ」ている間。オルセリオンは、追加で2つの加護キャンセラーを手に入れていた。
怯え切ったダグナダイン王国の指揮官は「全部で3つ」と、命乞いをしながら述べた。その3つが、今は、オルセリオンの手中にある。
エルシアナが、恐る恐る、尋ねる。
「アレクサンドラ様。いったい、何を——」
「レイスらしいこと……かな」
オルセリオンが問う。
「アレクサンドラ様。あの……瞳を失っていたとき、誰を標的になさっていましたか?」
「……」
メリシエルが、たまらず母を守ろうとする。
「お母さん、言っちゃダメ! 聞かれちゃうかもしれない!」
オルセリオンとエルシアナは、このメリシエルの発言でピンときた。
アレクサンドラは、潜在的に冥府神を恨んでいた。瞳を失ったことで、アレクサンドラ自身が、はっきりとそれに気づいたのだ。
メリシエルをネクロマンサーにし、アレクサンドラをレイスにしたのは、冥府神だ。今も冥府神はメリシエルに加護を与え続け、さらなる化物にしようとしている。
しかしメリシエルには、こうしてオルセリオンという立派な婚約者ができた。冥府神による加護などなくとも、愛しいメリシエルは、黒薔薇城でオルセリオンと幸せに暮らしていける。
むしろ、メリシエルには強大すぎる加護があるから、こうして放浪の義務が生じている。そればかりかこの加護のせいで、命まで狙われている。全部、冥府神のせいではないか。
「お母さん! 私は、お母さんとずっと一緒にいたいの! だから、おかしなこと、考えないで!」
オルセリオンが、ゆっくりと諭すように話し始めた。
「お義母様」
アレクサンドラは、オルセリオンに初めて「お義母様」と呼ばれ、ハッとした。
「お義母様。僕は、冥府神より『この世界より、無駄な争いを無くせ』と命じられています。それは、きっと僕の身に余る命令です。そして僕はあと2年で。あと2年で、メリシエルと正式な結婚をし、サリオンドレル家の人間になるのです」
「……」
「サリオンドレル家の人間が、ただ、自分たちの幸せのためにだけ、生きることはできません。それは、加護があろうとなかろうと、同じことです」
「そうね」
「ええ。ですからお義母様。これからも、僕たちの戦いを支えてください。僕たちの戦いは、加護のあるなしに関わらず、ずっと続くのです」
——ああ、なんという運命だろう。なぜ、こんな過酷な運命を背負わされるのだろう。
アレクサンドラは、ゆっくりとオルセリオンに近づき、オルセリオンを強く抱きしめる。それからアレクサンドラは、少女のように肩を振るわせ、泣き出した。
そのアレクサンドラの背に寄り添い、メリシエルとエルシアナも静かに泣いている。
オルセリオンが、目に涙をためつつ、鼻声で語り始めた。
「僕たちはこれから、何度も死んで、何度も生まれ変わります。それでも必ず、サリオンドレルの名の下に集うのです。この世界から、争いがなくなるその日まで」
オルセリオンは優しい声で、その場にいる皆に向かって言う。
「確かに、過酷な運命です。でもそれは、僕たちが永遠に一緒にいられるという意味でもあります。それって、とても特別なことのように思いませんか?」
第32話でした。お忙しい中、お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
サリオンドレル家の皆が、運命を引き受ける覚悟をした瞬間です。アレクサンドラは、この時、別の覚悟もしています。それはまた、いずれ。
引き続き、よろしくお願い致します。




