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第30話 想定外は突然に

 王国の北東、辺境の都市アリュセーン。


 サリオンドレルは、辺境伯への挨拶を終えて、都市の中心にある宿屋にいた。この宿屋には大きな馬屋が併設されており、珍しく、ワイバーンも預かってもらえる。


 夕食までまだ時間がある。エルシアナは、メリシエルとオルセリオンに「デートしておいで」と言って送り出した。それからエルシアナは、アレクサンドラとトランプを始めた。


 部屋を出ていく二人の背中に、アレクサンドラが思い出したように、


「おじいさま。若い二人だけにしてあげてくださいね」


 と言う。雁鉄は「そうだの」とだけ言って、オルセリオンの義手から気配を消した。


 メリシエルとオルセリオンにとって、ちゃんとデートをするのは、これが初めてのこと。しかも、都市アリュセーンは、よくハネムーンの地として選ばれる、ロマンチックな街だ。


 宿屋を出る二人。


 古い石造りの家々が連なる。細い路地のあちこちから、香草の匂いと食べ物を焼いている音がする。路地は、幸せそうな人々でいっぱいになっていた。


 オルセリオンは黒い外套の襟を軽く立て、メリシエルの歩幅に合わせて歩く。メリシエルの薄水色のドレスの裾が、風にゆるやかに揺れている。


 周囲の人々が、オルセリオンの珍しい髪色をちらりと見る。けれど、誰も何も言わない。ここでは、旅人も異邦人も日常だった。


「……嗅いだことのない匂いがする」


 メリシエルが鼻をすんと鳴らした。道端の屋台では、異国の果実を焼いたものが串に刺され、金色の蜜が光っている。香りは甘く、少し焦げた匂いも悪くない。


「砂の国の果実だって。メリシエルが嫌じゃなければ、買ってみようか」


「ふふ。オルセリオン様が食べてみたいんでしょ?」


「……否定はしません」


 オルセリオンが軽く笑って、二本買う。すると、店主は異国の言葉で祝福した。その言葉の意味がわからずに、メリシエルが小首を傾げる。


 オルセリオンは、その言葉を訳してメリシエルに伝える。


「『二人が、もっと近くなるように』だって」


「……素敵な祝福だね。嬉しい」


 二人は並んで歩き出す。


 夕焼けが石畳を赤く染め、風に乗って、また香辛料の匂いがした。市場の中央では、旅芸人たちが笛を奏でている。笛は乾いた音なのに、空気に溶けるように柔らかい。


 メリシエルは立ち止まり、それに耳を傾けた。オルセリオンは、メリシエルの横顔を見ていた。夕焼けの光がメリシエルの銀髪を淡く照らし、薄水色のドレスの布地に小さな粒の光が散る。


 そのときだった。


 オルセリオンは、体重が、わずかに軽くなるのを感じた。加護の効果調整ミスじゃない。


 オルセリオンは、加護キャンセラーの発動を感知できるよう工夫をしていた。加護の効果調整によって、普段から、体重を実際のそれよりも少しだけ重たくコントロールしていたのだ。


 その体重が、実際の体重にまで落ちた。


——何も、こんなときに!


 逆だ。敵は、こんなときを狙い、ずっと待っていたのだから。



第30話でした。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


せっかくのデートが台無しです。まあ、敵は、サリオンドレルのメンバーが分断されるタイミングを狙っていたので当然なのですが。ただ市街地での戦闘は、この世界の国家間の条約で禁止されています。油断していたとはいえ、それほどの過失とは言えません。


引き続き、よろしくお願い致します。

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