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第29話 日々の稽古

 オルセリオンは、雁鉄がいなくても戦えるように。メリシエルは、いかなる時も身一つで死地を突破できるように。エルシアナは、暇なので。アレクサンドラは、後でメリシエルの復習に付き合えるように。


 みんなで、雁鉄の剣術講義を受けている。雁鉄が甲高い声で、今日の講義を開始する。


「感覚を信頼するものは、伸びぬ。まずは、自分の感覚ではなく、頭で理屈を理解することが肝要である」


 メリシエルが、いきなり切り込む。


「おじいちゃん、意外。毎日1,000回、剣を振れとか言いそうだもん」


 ムッとして、雁鉄が切り返す。


「なにを申すか、小娘が。毎日何千と剣を振ってきたものが、簡単に死ぬのが戦場なのだ。死ぬ者と同じ稽古をして、何になる」


「小娘じゃないもん。おじいちゃんなんか、嫌い」


「ちょ、ちょっと待て! おじいちゃんは、メリシエルに生きてほしくて——」


 アレクサンドラが、たまらず


「ほら。メリシエルも、おじいちゃんのこと、からかわないの。おじいちゃん、すごい人なのよ。しっかり教わりなさい」


「はーい」


 仕切り直し。


「ちょうど良い。では『剣を振る』ことと、『剣を使う』ことの違いから始めよう」


 早速、メリシエルが質問する


「剣を振っちゃダメなのね?」


 エルシアナが突っ込む。


「ちょっとメリシエル。まずは聞きなさい。悪いクセよ、それ」


「うむ。エルシアナは、学ぶ技術を身につけておるな。その通り。まずは聞くことなのだ。聞くときに注意せねばならぬのは、人間はすぐ『わかった』と思い込み、そこから話を聞かなくなることである。だが、大概はわかっておらん。それが生死を分けるのにの」


 メリシエルが「しゅん」とする。


「良いか。剣とはいえ、要するに長い棒切れじゃ。剣の達人は、それこそ棒切れで、よく切れる上等な剣を捌くことができる。それはなぜか」


 沈黙。


「テコの原理じゃよ。テコの原理を味方につけると、小さな力で大きな力に勝つことができる。逆に、テコの原理が敵になれば、こちらがいかに強くとも弱い相手に負ける」


 間接的に、大きな力を持つメリシエルが、小さな力に負ける可能性を示唆している。


 オルセリオンは、自分の得意分野である学問の言葉が出てきたことに驚き、思わず口にする。


「テコの原理。支点から近い方が、有利ということですね」


「その通り。さすが、将来の当主様よの。賢い」


「おじいちゃん、嫌い」


「ち、違うぞ、メリシエル! お主の旦那は、賢いという話じゃ!」


「……そういうことなら、許してあげる」


「剣技における支点は、剣を持つ手の中指から小指の3本。なので、この3本を意識することで、剣の制御技術が高まるのだ。であるからして、これから、日常生活の中でも、中指から小指の動きを意識して、意図して使うようにするのだ」


「支点が、中指から小指の3本。では、相手の剣を受けるとき。そのときは剣先よりも、柄に近いところで相手の剣を受けるということですか?」


「うーむ。1を聞いて10を知るか。雁器の二つ名に恥じぬ聡明さよの。教え甲斐があるわ」


「なるほど。相手の剣先を、自分の剣の根本に近いところで受ける」


「そうかな? それだけかな?」


「作用点ですね。剣先は、支点から最も遠い。だから力は弱いけれど速度は速い。相手が受けられない速度で切り込む。もしくは相手の剣先を根本に近いところで受けて、すぐに刺す」


 ここら辺で、エルシアナとアレクサンドラは寝始めた。


「その通り。その2つの選択で剣術は成り立っておる。だから刃は剣先を中心に研いでおく。柄に近いところは、むしろ放っておいても問題ない」


「切り込むか。受けるか。その選択だけでなく、剣の手入れにも理屈があるのですね。感動です」


「その通り。この理屈を知らんで、剣の手入れをしても死ぬだけじゃ。根本ではなく、刃先を研ぐことを知っておる戦士だけが、生き残る可能性がある」


「おじいちゃん!」


「なんじゃ?」


「もしかして、剣術だけじゃなくて、体術も同じ?」


「おお、その通りじゃ。武術は全て支点を意識し、持てる力と速度を増幅させることが基本であり、真髄だ。力と速度は、同時に得ることはできん。戦いの刹那、どちらかを選び、支点を変更するのだ」


 気分を良くした雁鉄が続ける。


「例えば。先ほどはわかりやすさのために、剣の視点を中指から小指とした。だが手を固定し、肩を支点として剣を振ればどうなる?」


「支点から作用点までの距離が伸びて、剣先の速度が上がります」


「満点じゃ。相手の力量に応じて、支点を変える。ポイントは、相手の力量をわずかに上まることを意識することだ。大幅に上回ると、こちらが無駄に体力を消費するのでな。一人で多数を相手にする前提であれば、これは重要なこと。体力を温存する意識が大切なのだ」


「相手の剣先が、こちらの受けよりも早いと判断した場合。支点を手から肩まで移動させ、肩に近いところで相手の剣先を受け、剣先の速度を最大化して切り返す」


 義手に装飾された口がニンマリとする。


「その最大の速度でも、相手がこちらの剣先を受け流したら、どうする?」


「迷わず、逃げます」


「正解じゃ。どこで逃げるかの判断も、基本を知らねば分からぬのだ。迷わず逃げられない者は、確実に死ぬ。それが戦争である」


 メリシエルが、オルセリオンの理解の速さに、ポーッとしている。旦那様、かっこいい。


「おほん。良いか。支点の位置を考えて剣を使う。振るのではない。使うのだ。速さが欲しいときは肩に。強さが欲しいときは指先に。これが分からぬ者を、剣士とは言わぬ。これが分からんでは、棒を毎日何千回も振って死ぬだけの間抜けよ」



ここまで、お読みいただきました。もう第29話です。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


武術の基本が、テコの支点の意識にあることは事実です。体格や訓練量も重要ですが、結局、勝負を決めるのは、このテコの原理の体現だったりします。人間の体を棒の集まりとして考えた場合、そこには多数の支点が考えられます。状況に応じて、どこを支点とするか。それは、武術に限らず、人生にとっても重要だったりしますよね。


引き続き、よろしくお願い致します。

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