第17話 復権する侯爵家
8月。例年よりも暑い夏のこと。
アレクサンドラと雁鉄が、国王に呼び出された。サリオンドレル家の当主代行として、である。
正式な当主はメリシエルではあるが、10歳。学校をサボらせるのも、良くない。
加護以外の部分では、決してまだ優秀とは言いがたい。長年、学校も行けていなかったのだから仕方ない。
侯爵家への復権はいい。しかし10歳の当主。それを2人の死者が補佐する。サリオンドレル家の先行きは、明るく見えない。
とにかく。
王からの呼び出しを伝えるため、オルセリオンが召喚を行う。古代エルフ語による呪文を唱え、雁鉄のヴァリオンドを召喚した。
「おお、雁器のオルセリオン殿。待っておったぞ」
オルセリオンは、この言葉に返信できない。魂の居場所を取られているからだ。
「しばし待つのだ。貴様の右腕は……なんだ? これは?」
オルセリオンは、説明したくても、説明できない。なんとか、思念だけで伝えようとする。時間がかかったが、なんとか伝わった。
「冥府の神より賜りしアーティファクト、だと?」
オルセリオンは、続けて思念で、国王が雁鉄を呼び出していることを伝えようとする。
「いや待て。このアーティファクトは、巨大な器。まさに神器であるぞ」
そう言って、雁鉄のヴァリオンドは、魂の居場所を「終争の手」に移行した。
雁鉄は甲高い声で、
「この手は、かつて、冥府の神が常駐していた場所である。奥方を守るため、神はここにいたのだ。我の全力を持ってしても、この器には未だ余裕がある。神がおわした場所である。当然だ。我もまた、ここに常駐できようぞ」
やはり、ただの義手ではなかった。黒曜鋼に黒の模様。模様に見えていた細工は、多くの目であり、複数の口、耳、鼻であった。
オルセリオンが自分の魂の居場所に戻る。そして、
「雁鉄様。僕は、こうして僕のまま。雁鉄様は、そうして、右腕のアーティファクトに常駐できるということですか?」
義手の小さな口から、返信がある。口が小さいので、どうしても声が甲高くなってしまうのだろう。とにかく、雁鉄が続ける。
「その通りだ。これであれば、我が力の全てを、この右手に顕現できる。より小さき所に全筋力を注げる。我本来の右腕よりも、ずっと優れた右腕となろう。ただし、属性は闇属性に固定されるようだ」
甲高い声が可笑しい。アレクサンドラまで、笑いを堪えている。
「とにかく陛下が、お呼びです。ともに参りましょう。ブッ」
◇
王宮。謁見の小部屋にて。
「雁鉄殿、アレクサンドラ。足労であった。して、サリオンドレル家の領地についてである」
甲高い声で答える雁鉄のヴァリオンド。
「はっ。何なりと!」
「雁鉄殿。それは? ブッ」
「はっ。我は、この神器たる義手に常駐することが許されました。以降、我は雁器のオルセリオン殿とともに、この右腕にて全力を持ってあり続けましょう」
やはり、甲高い。
「で、では。右腕に雁鉄殿。残りの身体は雁器のオルセリオンということか。ブッ」
「陛下。おっしゃるとおりです。私は、臣下オルセリオンです。本件、サリオンドレル家に関することと伺っております。他家の私が、同席しても良いものでしょうか?」
オルセリオン。本当は、光と闇の同時適性に関することを聞きたい。しかし、おそらく断られるだろう。そもそも、この秘密を管理する者は、きっとこの王なのだ。
王は、真言の加護で、このオルセリオンの迷いを察してしまう。
「禁書庫。秘密に気づいたか。雁器。若く賢しき英雄よ。しかし、知らぬが良いこともあるのだ。今は心を鎮めてはくれまいか。然るべき時に余の口から直接、伝えよう。約束する」
オルセリオンは無言で跪き、首を垂れた。王が「約束」と言ったのだ。この重さは、計り知れない。
「同席の可否であったな。そもそも、その義手を外した状態で、雁鉄殿の召喚はなるのか?」
雁鉄のヴァリオンドが甲高く答える。
「なりませぬ。この神器は、雁器殿のみに隷属するものにございます。雁器殿と共にあってこそ効力を発揮するよう、神より定められております」
甲高い声にも慣れてきた。
「なるほど。我が雁鉄殿と話をするためには、必ず、雁器のオルセリオンがおらねばならぬというわけだな」
雁鉄が答える。
「おっしゃる通りにございます」
王が、何か、思いついたようだ。いや、思いついたふりだ。以前から、考えていたことである。
「今後、こうしたことも増えよう。その都度、サリオンドレル家の秘密が雁器に漏れてしまうのは忍びない。いっそ雁器よ、サリオンドレル家の婿養子となる前提で、メリシエルと婚約してはどうか?」
まあ! と、アレクサンドラが両手を胸の前で組んで微笑む。雁鉄も、義手の模様になっている複数の口の口角を上げ、多数の目を細めている。ちょっと気持ち悪い。
「サリオンドレル家に、異論はないようだが?」
王から二つ名をもらい、爵位の昇格まで賜るほどの活躍。実際、オルセリオンのところには、かなりの数の貴族や大商人から、婚約の打診があった。
三男のオルセリオンの婚約は、家督を継がないため、かなり自由だ。父からも、ある程度は自由に決めて良いと言われていた。
オルセリオンは、将来は学者として諸国を旅したいと願っている。なので、オルセリオンは、これら過去の打診は、相手と会うこともなく断ってきた。しかし——
「陛下。なりませぬ。これより先、私の心を読まないでいただきたい」
王はしまったという顔をし、そしてニヤけた。王がオルセリオンの心を読んでくれることを期待していたアレクサンドラは、「チッ」と舌打ちをする。この、いくじなしめ。
「婚約の件は、また改めて話すとしよう。──さて、本日の本題である。サリオンドレル家には、領民ではなく、この王国に生きる孤児たちの未来を守ることを命じたい。孤児院をそなたらの実質の領地とし、彼らを愛し、育み、教育し、やがて王国の臣民として立派に羽ばたかせてはくれまいか。管理権限の移行期間として、メリシエルが15歳の成人を迎えるまで、4年を与えよう。如何か」
もう、こうして第17話までお読みいただきました。嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
不浄なる一族が、孤児院を束ねよ、して子どもたちの未来を守れと命じられます。ただ、王国全土の孤児院です。教会から分離するのか、それとも教会と協力して行くのか。教会は、信頼できるのか。かなり難しいことになりそうです。あと、もちろん婚約の件も、気になります。
引き続き、よろしくお願い致します。