第16話 エルシアナの秘密
メリシエルは、嬉しい。母アレクサンドラも嬉しい。
結果論だが、オルセリオンは右腕を失ったことにより、むしろ以前よりも強くなった。それにより、メリシエルとアレクサンドラの罪悪感が、かなり軽減された。
そしてメリシエルとアレクサンドラの二人は、隙さえあれば、オルセリオンの右腕、義手に抱きつくようになった。ダークエルフのエルシアナも、これに加わっている。
そもそも冥府の神が、愛する妻に贈った義手である。妻なき後も、妻を思い出しては大切にしていた義手なのである。ただの義手のはずもない。
闇属性のメリシエル、アレクサンドラ、エルシアナにとっては、どこまでも癒される暖かさを持ったアーティファクト(古代の遺物)だった。心地よくて、たまらない。猫にとってのマタタビみたいなもの。
ある6月の朝。
教室には、まだエルシアナとオルセリオンしかいない。エルシアナは、うっとりとしながら、人差し指でオルセリオンの義手「終争の手」をなぞっている。なぞりながら、
「この義手、闇属性向けの祝福が、めいっぱいかけられているのね。でもオルセリオン、あなた、闇属性じゃないわよね?」
「火属性だけど、ほら」
オルセリオンは、そう言って、自分の黒髪を指差した。
「ああ、なるほど。家系は闇属性なのね。だから、闇属性にも適性があるんだ」
「うん。確かに火が主属性だけど、闇は副属性として扱える。俗に『キャンプ・ファイア』って呼ばれる属性持ち。だから副属性ではあるけど、この義手の祝福も、ある程度は有効だと思うよ」
「惜しいねぇ。そのアーティファクトと属性が完璧にマッチしてたら、もっと凄いことになったのに」
「そうでもないよ。地獄の業火とか、隕石の雨とか、上位階梯魔法には、火属性と闇属性の両方の適性が必要なのも多い。もちろん、僕はまだ、とてもじゃないけど使えないけどね」
「そうなんだね。私、自分が上位階梯魔法を使える未来なんて、想像もしてないよ。だから、そこらへん、全然知らないな」
「ダークエルフなんだから、長生きでしょ。エルシアナなら、いつか使えるようになるよ」
エルシアナは、腕組みをして、何かを考えている。
「そういえば。メリシエルは闇属性と水属性。いわゆる『沼地』だから……パーティを組むとしたら、まあまあバランスいいのね」
「いや。結局、僕はいざとなったら雁鉄様を召喚する。召喚後の僕は、ただ、肉体を雁鉄様に提供するだけ。いざとなれば、僕の出る幕はない。ちょっと寂しいけど、僕の役割は器であることだから」
沈黙。
「そういえば、エルシアナって、闇属性だけ? 他に、適正ないの? 副属性は?」
「やっと聞いてくれましたか。本当は、先生に口止めされてるんだけどね。でも、雁器様になら言ってもいいよね。……私、闇属性と光属性の2主属性持ちなの」
「えっ、そんなことあるの? 光と闇なんて、聞いたことないよ。ただでさえ2主属性持ちってだけでも珍しいのに。普通は主属性と副属性みたいなのが限界だよね?」
「だからこのA組にいられるのよ。私みたいな平民の凡人が」
オルセリオンは、少し考えて
「すごく、興味深い。多分、歴史的にも珍しいと思う。聞いたことないもの。その2属性に高い適性がないと扱えない魔法とか、きっとあるはず」
「あるみたいだけど、まだ教えられないって。そう、私よりもずっと年下の先生が言ってた。加護を与えてくれている神様についても、まだ教えてもらってない」
そこに、メリシエルがやってきた。
「オルセリオン兄様! エルシアナ姉様! おはようございます!」
「おはよう、メリシエル。今日も、抜群にかわいいわね! 大好きよ!」
「サリオンドレル嬢。おはようございます……って、いきなり腕に絡みつかないで! レディーがはしたないです! いけませんって! いけません! あっ!」
◇
その夜。寮を抜け出したオルセリオンは、自宅の禁書庫にいた。
蝋燭の灯りが、いつもなら柔らかい暖かさを見せるところ。しかしこの晩は、どこか弱々しく、不安な感じを生み出していた。
魔法の属性に関する、複数の禁書を手にして気付いた。「線対称属性」への適正を同時に示すこと関する項目。「火と水」「土と風」の記述はある。稀だが、歴史的に見れば、十分に起こり得ることだとされる。
しかし「光と闇」への同時適性に関する記述。その記述がありそうなページだけが、全て、切り取られていたのだ。その数、6冊。
ページの落ちている書籍は、普通、それとして背表紙に小さく丸い穴が打ち開けられている。売買時のトラブルを避けるための知恵だ。
しかし、これらページが切り取られていた禁書には、どれも背表紙に穴などない。
全てが完品だったはずだ。1冊や2冊であれば、入手時に騙された可能性もある。しかしこの現象は、6冊もの書籍に共通して起こっていた。
光と闇への同時適性に関するページ。それらは、この禁書庫の中で切り取られ、持ち去られている。
「こんなこと、あるだろうか」
急に不安になって、周囲を見渡す。誰もいない。
オルセリオンは、学者である。この現象が、自宅の禁書庫の本だけに起こっている可能性もある。どこか、他の場所にある禁書庫でも、同様の調査を重ねなくてはならないと慎重に判断した。
しかし、自宅以外の禁書庫への出入りとなると、さすがに簡単ではない。いくら爵位を持ち、二つ名を与えられた身とはいえ、である。
書庫は、この世界では、極めてプライベートな場所とされる。先祖の犯した犯罪や、受けた罰に関する記録なども保管されているからだ。特に、こうした負の歴史こそ残すべしとの文化が、この王国で続いてきた。
だから、国王でさえ、他人の家の書庫への出入りには持ち主の許可が必要とされている。特に禁書庫ともなれば、国王でさえ、入室を断られて当然なのだ。
「アレクサンドラ様であれば……」
そう呟いて、オルセリオンは首を振った。アレクサンドラは、公的に臣民である。王の特命なくして、他人の家に忍び込むことは犯罪だ。
過去、誰かがうちの禁書庫に忍び込んでいた。学院の教師が、エルシアナの口止めをしている。そして、アレクサンドラは、臣民にさせられた。
国王が、なにかを隠している。
第16話まで、お読みいただきました。ありがとうございます。嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
匂わせにすぎませんが、非常に大切なエピソードになります。エルシアナとは、一体、何者なのでしょう。作者として、メリシエルのアナグラム崩れで表現しているからには、重要な役割があります。
引き続き、よろしくお願い致します。