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第15話 終争の手(タルシルマニル)

 4月。初等科2年A組。新学期が始まっていた。


 メリシエルは、オルセリオンの右腕を失わせてしまったことに、強い罪悪感を抱いていた。


 母のアレクサンドラも同様だ。なんとか、霊体である自分の右腕を差し出せないか。自分の声が届く、ごく一部の教員たちにしつこく聞いている。


 そして毎朝、教室で会うたびに、メリシエルはオルセリオンに謝っていた。


「オルセリオン様! ごめんなさい、私、私——」


「サリオンドレル嬢、もう大丈夫だから。気にしないで」


 ダークエルフのエルシアナが、オルセリオンの席のところまでやってきて


「メリシエル。これは『名誉の負傷』って言うのよ。男子なら、むしろ誇らしいものなの。いい加減、謝るのをおやめなさい。オルセリオンだって、陛下から二つ名までもらって、もうお釣りが来るほどよ」


「でも……」


「エルシアナの言うとおりだよ、サリオンドレル嬢。僕は、陛下から十分に褒美を賜っている。それにほら。義手までもらってる。この義手、すごいんだよ」


 オルセリオンは、制服の腕をまくって義手を見せた。黒い鋼に、黒く美しい装飾が施されている。


黒曜鋼(オブシリス)っていう、冥府の炎で鍛えられた鋼でできてる。国宝級の代物だよ。死者の魂と共鳴するらしい。雁鉄様を召喚する器として、これ以上の義手はないんだ」


 エルシアナは、「見せて、見せて」と無邪気なもの。なんだかんだで、150年も生きているだけのことはある。戦の多いこの世界でのこと。エルシアナはこれまで、何人も友人を失ってきた。


 だから、生きていれば、腕の一本や二本、失うこともある。エルシアナは、そう思っている。そうした達観は、長寿のエルフやダークエルフの特徴でもある。


 しかしメリシエルは、まだ幼い人間の少女だ。


 メリシエルは、もしかしたら、オルセリオンの腕が再生されるのではないか。すごい治癒魔法使いが、治してくれるのではないかと。心のどこかで、子どもっぽい希望を持っていた。


 しかし、義手を見せられたメリシエルは、そんな希望など実現しないと突きつけられる。自分の犯した罪の象徴だと感じる。とめどなく、涙が溢れてくる。


「ちょっと、メリシエル!」


「サリオンドレル嬢!」


 両手で顔を覆い、肩を振るわせ泣いているメリシエル。改めて、罪の大きさに押しつぶされそうになっている。どうすればいいのかわからない。どうすることもできない。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私、どうしたら——」


 まだ幼いメリシエルにとって、これは、自分の罪を強く意識した、初めての経験でもあった。


——この少女の、どこが不浄だというのか。


 オルセリオンが、義手の右手で、震えるメリシエルの背中に優しく触れた。本当は、生身の左手であるべきだった。しかし右利きの癖が、義手の方を動かしてしまった。


 その時である。


 メリシエルの身体に、これまで感じたことのない暖かいものが流れ込んできた。そして誰かが、メリシエルに優しく語りかけているようだ。


——だれ?


 メリシエルは急に泣き止み、オルセリオンに向き直る。そして両手で義手を掴んだ。


「この手……冥府の……」


 オルセリオンに代わって、エルシアナが言う。


「さっき、オルセリオン、そう言ってたでしょ?」


「そうじゃないです。この手、冥府の神様が大切にしていたものです」


 怪訝な顔をし、エルシアナが問う。


「メリシエル、どうしてそんなこと、わかるの?」


 メリシエルは、状況をうまく説明できない。慌て始める。


「だって、とっても暖かいんです。温度が、温度があるんです! だれ? だれなの?」


 オルセリオンは、生身の左手で義手に触れた。しかしオルセリオンには、冷たい金属の温度しか感じられない。


「サリオンドレル嬢。もしかして……この義手ついて、何かわかる?」


「今、頭の中で絵が動いています」


 メリシエルが目を閉じる。両手は義手を握ったまま。


 そしてメリシエルは、頭の中で動いている絵について、語り始めた。


「ずっと、ずっと昔のことです。冥府の神様が、他の神様と戦争をしています。その戦争で、冥府の神様にとって、とても大事な人……ああ、奥様だ。奥様の右腕が無くなってしまいました。冥府の神様が泣いています。その奥様に送られたのが、この手です」


「女性用だったから、ちょうど僕のサイズに合ってたんだ……」


 ダークエルフのエルシアナが、思わず口に出す。


「ちょっと、それ。もしかして、冥府の神様からの贈り物ってこと?」


 メリシエルは目を瞑ったまま。義手を持つ両手に集中する。


「冥府の神様は……悲しんでいます。どうして、こんな馬鹿げた争いが続くのかと。奥様の右腕には、この手があります。奥様は、神様ではなく……ダークエルフでした。この手とともに、長く生きました。でも、ついに死んでしまいました。冥府の神様は、残されたこの手を、ずっと大切にしていました。それを——」


 メリシエルは、目を開けて、オルセリオンの目をまっすぐに見た。はっきりと、強い声で


「それを。オルセリオン様。あなたに。あなたに託されました。命令は、争いごとを終わらせることです。オルセリオン様。あなたは、冥府の神様から、命令を受けています。この手に、その命令が刻まれています。この手の名を『終争の手(タルシルマニル)』といいます」



第15話まで、お読みいただきました。嬉しいです。ありがとうございます。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


本作品のテーマに近いところです。属性は善悪を決めません。闇属性だから悪ではありません。アンデッドだから悪でもありません。人間だから善ではないことは、あえて強調するまでもないでしょう。そうしたテーマを扱う上で、冥府の神を、あえて善として表現して行きます。上手くできるかどうかは、別として。


引き続き、よろしくお願い致します。

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