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第14話 静謐審問(後編)

 最大の問題は、教会局長が正当な裁判を受けることなく処刑されたことだ。小物ではなく、黒幕だ。生かしておいて、証言を取りたかった。


 アレクサンドラによる殺人は、人身売買の現場を見たアレクサンドラによる「少女たちの救出」という大義名分が立つ。しかし教会局長の処刑には、そうした解釈が適用できない。


 正当な裁判を経ても、人身売買を取り仕切っていた教会局長の処刑は免れなかっただろう。しかし、正当な裁判を無視することは、王権の無視と同義である。


 ただ。教会局長の処刑を即座に行わなければ、王都が滅んでいた可能性も否めない。


 地獄門を閉じるには、仮にそれが王権の無視であっても、教会局長を処刑する必要があった。処刑した人物は、では、英雄と呼べるのだろうか。王国を救ったのは事実である。しかし、それは英雄なのか。


 議論が続いた。


 ついに雁鉄のヴァリオンド(体はオルセリオン)が口を開く。


「陛下。王権を軽んじたのは、このヴァリオンドにございます。罪に罰が伴わぬことは、正義にあらず。されど、今の我は魂のみの身。肉体を持たぬ我に、いかなる罰を与えられましょうか。唯一与えられる罰があるとすれば、不名誉の下賜でございます。300年前。ご先祖たる国王陛下より賜った『雁鉄』の二つ名、それを剥奪なされよ。それこそが、我より奪い得る唯一の名誉にございます。さらに、中庭に建つ我が銅像も、撤去いただきたく存じます。あれは、むしろ我が恥にございますゆえ」


 王は、これを諌めて言う。


「雁鉄殿。あなたは死者である。死者である以上、王国の臣民ではない。ゆえに王権は及ばぬ。したがって、あなたの罪を問うことは叶わぬであろう。それに、もし貴殿が銅像を恥とお思いであるならば——なるほど、それを罰として、むしろ新たに銅像を建立させよう。より立派に、より永く、後世へ伝えるためにな」


 雁鉄は、なんとしても罰を受けたい。


「陛下。我はヴァルディス王国の臣民であると、自らそう思っております。客観の如何ではなく、我が心の内において、王権を軽んじた罪を認めているのです。ゆえに、せめてその責を明らかにせねばと願うのみ。されど。銅像の新調だけは、何卒お控えいただきたく存じます。あれは、我が身には過分の栄誉にございますゆえ」


 続けて、雁鉄のヴァリオンドは強調する。


「陛下。本件の真なる英雄は、他ならぬオルセリオン殿にございます。齢わずか13にして『地獄門』の災厄を止めるべく、命を賭して立たれた。肩より下の右腕を失い、骨と内臓にまで深き傷を負いながらも、なお我を召喚されたのでございます。オルセリオン殿の勇気なくば、少なくとも王都は既に灰燼(かいじん)に帰していたことでしょう。ゆえに願い奉ります。我より『雁鉄』の二つ名を剥奪し、その栄誉を、オルセリオン殿に下賜くださいますよう」


 王が決断する。


「ここに裁きを下す。まず、雁鉄のヴァリオンド=サリオンドレル。汝はすでに死者にして、法の上では臣民にあらず。ゆえに、王権を無視した罪を問うことはできぬ。されど、汝みずからが罰を望むのであれば──我は一つの裁きを与えよう。汝とヴァルディス王国との間に、臣民としての法的効力を持つ契約を新たに結ぶのだ。そのうえで命ずる。今後、オルセリオン=グランディエルから召喚の打診を受けた際には、必ずや応じ、ヴァルディス王国の盾となれ。そして最後に。銅像は新調する。それこそが、この王より汝に与える罰である」


 次に、ヴァリオンドの意識の裏。そこで、ただ話を聞いているしかないオルセリオンに向けて、王が発する。


「オルセリオン=グランディエル。汝が国難を救った勇気と、齢13にして示した見事なる決断──まさしく真の英雄である。グランディエル家は、もはや文官の家ではない。グランディエル家の爵位の昇格、ならびに報奨金の下賜は当然のこと。右腕の再生は難しいと聞くが、王国の誇りをかけ、魔道具の中でも最上級の義手を与えることを約束しよう。さらに今後、雁鉄殿を召喚し前線にて戦うため、国宝級の武具を汝に授ける。そして最後に──我は汝に二つ名を与えるべきと判断した。ただし『雁鉄』の名は、汝にとっては些か重き荷となろう。汝の加護は器に宿り、その器こそ雁鉄殿を抱き得る。ゆえに、汝の二つ名を『雁器(がんぎ)』とする。──よかろうな、オルセリオンよ」


 オルセリオンは、あまりのことに声も出せない。そもそも今は、雁鉄に体を預けているため、声は出ないのだが。ヴァリオンドが勝手に、


「はっ。陛下の大恩、身に余る光栄に存じます」


 と言ってしまった。雁鉄様、なんてことを。そう思っても、オルセリオンの声は出ない。


「そして──サリオンドレル夫人、ならびにサリオンドレル嬢。まったく……前代未聞の大騒ぎを引き起こしてくれた。『地獄門』の顕現ともなれば、歴史家たちはさぞや筆を躍らせよう」


 王は、冗談のつもりだ。しかし、公的な場に慣れていないアレクサンドラとメリシエルは「しゅん」としてしまっている。


 その純情なる姿を喜びつつ。王は、改めて判決を下した。


「しかし、改めて申さねばならぬ。サリオンドレル夫人の力なくして、大規模な不正の解決は成し得なかった。この解決によって多くの民が救われ、とりわけ孤児たちの未来が明るく開けたこと──これを疑う者などあろうはずもない。サリオンドレル夫人の行動は、すべて正義の信念に基づくものであった。しかも夫人はすでに亡き身、そもそも王権の及ぶところではなく、いかなる罪も問えぬはずである。それにも関わらず、なお夫人自ら罰を求めておられる。ゆえにここに裁を下す。サリオンドレル夫人に対しても、雁鉄殿と同様、ヴァルディス王国の臣民となる法的効力を有する個別契約を結ぶものとする。これにより、以降は王命に従う義務が発生する。よろしいか、サリオンドレル夫人」


 アレクサンドラは、礼儀正しくスカートの裾を持ち、これに応じた。


「次に、サリオンドレル嬢について申す。嬢は正しくヴァルディス王国の臣民であり、齢わずか10にして世界をも揺るがしかねぬ力を有しながら、心優しき少女である。そして母と共に罰せられることを自ら望んでいる。学院の床を踏み抜いたことは、不可抗力である。幸い、当事者の他に怪我人も出ておらぬ。ゆえに法の上では、公共の場において許可なく中位階梯以上の魔法を行使した罪にしか問えぬ。それは30万クローネ以下の罰金、あるいは1年以下の懲役に処されるべきものに過ぎぬ。ここは当然、罰金刑とする。サリオンドレル嬢は、この国の未来のために学院で学び続けねばならぬからである。されど、それのみでは本人が納得せぬであろう。嬢は母と共に、より重き罰を受けることを望んでいる──なんと気高き少女であろうか」


 メリシエルは反論する。


「王様。罪が足りません。私は、オルセリオン様の右腕を壊しました。この罪は、どう判断されるのですか?」


 そのとき。


 召喚されているヴァリオンドの魂を超えて、オルセリオンが発言する。そんなことは、不可能なはずなのに。強大なヴァリオンドの魂が、自分を突き抜けていくその魂の純粋さに驚愕した。


「違います! これはサリオンドレル嬢の責ではございません! すべては、この僕が勝手に行ったこと……僕自身の責任です! サリオンドレル嬢は無実にございます! 陛下、どうかお聞きください──サリオンドレル嬢は無実です!」


 強い思いのこもった発言に、メリシエルは、身をビクッとさせた。これ以上の反論はいけない。メリシエルは、そう感じた。


「雁器のオルセリオン──重ねて、見事である。汝こそ、我が王国の英雄たるに相応しき者。年齢など、関係ない。今後も、我が与えし雁器の二つ名に恥じぬよう在れ。誇りのために生きるのだ。それが我が命にして、唯一の希望である。雁器のオルセリオン。皆の者、今後は公に私に、彼の二つ名を忘れぬようあれ」


 王族も含め、その場にいた全員が、首を垂れ、跪いた。


 しばしの沈黙。


 王が、この場にいる全員の目を、一人ひとり、丁寧に見つめていく。


「ここに判決を下す。サリオンドレル家への罰として──侯爵位への復権を命ずる。これは紛れもなく王命である。その地位に恥じぬよう、サリオンドレル家は常に、ヴァルディス王国の臣民を守り抜け。いかなる時も、いかなる場所においても、いかなる時代においてもだ。この命により、サリオンドレル家の自由を制限する。──それをもって、サリオンドレル家に科されるべき罰とせよ。領地その他の条件については、追って沙汰を伝えることとする」



これで、第14話まできました。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。嬉しいです。


少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。


さて。


国王は、狙い通り、サリオンドレル家の爵位を復権させました。そこには当然、政治家のあざとさがあります。しかしその表現において、礼節と正義があることが、上手い(同時に怖い)ところです。


引き続き、よろしくお願い致します。

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