第13話 静謐審問(前編)
先の騒動を受けて、王を裁定者とする静謐審問が行われている。これは、王族ならびに大臣クラスの人物のみの出席が許された、秘密裁判である。
静謐審問室には、あろうことか、これから裁かれる立場にある、雁鉄のヴァリオンド。その石像が祀られていた。なんとも気まずい。
王妃、王子やその親族を含めた18名の王族、16名の大臣クラスが向こう側にいる。相対するのはメリシエル、アレクサンドラ、ヴァリオンド(オルセリオンの身体)、オルセリオン(雁鉄召喚中)の4名。
◇
まず。罪を問う前に、メリシエルを今後どうするのか。この問題について、参加者が話し合った。
メリシエルは、現時点で10歳。この春から初等科2年生になる。しかし、普通に学校に行かせてよいものか。
加護の力は、肉体の成長とともに大きくなっていく。
メリシエルはまだ10歳の肉体にして——伝説の中にしか存在しない、実在が疑われてさえいた「地獄門」を顕現させた。
伝説によれば、地獄門は術者が発動を止めない限り、世界の全てを飲み込むまで止まらないのだという。
これからメリシエルの肉体が成長すれば、地獄門以上に危険な魔法を扱えるようにもなるだろう。
さらに厄介なことがある。
メリシエルは今回の地獄門を無詠唱で発動させた。
魔法の発動に呪文の詠唱が必要であれば、メリシエルに危険な呪文を教えなければいいだけだ。
しかしメリシエルには、呪文は必要ない。無詠唱の暗黒魔法使いなのだ。
前代未聞すぎる。まさに魔王の器であると、認めざるを得ない。
これについて。王立魔術師団学院の校長も兼務する教育大臣が、情熱をみせ、強く発言する。
「陛下。問題は、彼女が力を有していることではございません。それは瑣末なことであり、枝葉の話にすぎません。むしろ、その類稀なる力を扱うに足る、真に誠実にして真に正しき人間として。そのように彼女を育むことこそ肝要に存じます。ゆえに今後は、彼女に幅広き経験を積ませ、失敗させ、その失敗には手厚き支援を与えること──これこそが真の王道と考えますが、いかがでございましょう?」
王が満足そうに答える。
「まことに王道にして、他に道はない。それが虚しい結果となるなら、それは単に教育者である我々の責任であろう──見事な進言である」
王は、メリシエルの方を向き、
「サリオンドレル嬢──よいか。今後は学びに励むのみならず、人を助け、友を得、誠実に育つことに力を尽くせ。失敗し、それを乗り越え、必死に生き抜くのだ。そして支えが要るときは、ためらわず助力を求めよ。我らは必ず応える。よいか? 決して未熟な己ただ一人で抱え込んではならぬ。恥ずかしくとも常に助力を請うのだ。助力を請うことを躊躇ってはならぬ。誓えるか?」
メリシエルは、こんな騒動を起こした自分は、てっきり死刑になるものだと覚悟していた。それなのに、大人は自分に対して、ただ「頑張れ」と伝えている。
この世界には、真に不浄とは無縁の人間もいるのだ。その事実を知って、自然に熱い涙が出る。
「はい。王様」
◇
次に、大規模な不正問題。こちらは、アレクサンドラの集めた多くの証拠が、問題解決に対して決定的な影響を与えた。
さらにアレクサンドラは、不正の証拠が隠されている多数の場所に関する情報を、完璧に揃えた。これにより衛兵の同時突入が実現し、不正に関する大量の帳簿類が入手できている。
結果として有罪となった者は、163名にもなった。うち、人身売買の現場にいた8名は、アレクサンドラが一瞬で蒸発させてしまっていた。
相手が悪党とはいえ、アレクサンドラにとって、初めての殺人だった。勝手に人を殺しておいて、無実で良いはずはない。アレクサンドラは、そう考えていた。
王の裁きがある。
「サリオンドレル夫人──歴史に残されるべき、まことに見事な働きであった。そなたは討った8名について、その罰を求めていると聞く。だが、何を申すか。法的にも、公式任務中に発生した、少女たちを救出するための『やむを得ない戦闘行為』の結果である。そなたは正義に立ち、悪を討ったまでのこと。罪など問えるはずもあるまい──異論ある者はおるか」
沈黙。それから力強い拍手が続いた。
アレクサンドラは、自分の声が届かない参列者に対しても伝わるよう、無言で、丁寧にスカートの裾を持って最敬礼をした。
第2章、第13話でした。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
個人的には、善人による善人の裁きというイメージで書きました。書いているだけで、気持ちのいいものです。
引き続き、よろしくお願い致します。