第12話 雁鉄のヴァリオンド
アレクサンドラは、王都教会の正面に立ったまま動かない。おそらく、アレクサンドラを使役するメリシエルに「待った」をかけられている。
メリシエルは、王都の石畳を軋ませながら、ゆっくりと歩いて王都教会に向かっている。メリシエルの歩みが遅いことだけが、オルセリオンに味方した。
オルセリオンは、教会前で、アレクサンドラを見つけた。近寄って、話しかける。しかし反応がない。メリシエルと同じように、アレクサンドラからも瞳が失われていた。
教会上空には、見たこともない巨大な黒雲が渦巻いている。
遠くに、こちらに向かっているメリシエルが見えた。
メリシエルが一歩こちらに近づくたび、黒雲が「ギギギ」という轟音を出す。轟音が、街を揺らす。それに応じるかのようにして、人々から悲鳴が上がる。
黒雲の中には、無数の稲妻が、音もなく走っているのが見える。その光が、黒雲の中に無数の悪魔が飛んでいる姿を映し出す。遠くて見えないはずなのに、悪魔たちが笑っているのがはっきりわかった。
決して開けてはいけない扉。その扉いま、目の前で開こうとしていた。
もう、これしかない。やるしかない。オルセリオンが、古代エルフ語で呪文を唱え始める。
メリシエルとの距離は、あと50mほどしか残されていなかった。そこでやっと、慣れない呪文を唱え終えたオルセリオンが、召喚対象の「魂」を名指しする。
「英雄、雁鉄。ヴァリオンド=サリオンドレルよ、来たれ! 我が名は、オルセリオン=グランディエル! 汝の顕現に合意する契約者にして、汝の器たるものなり!」
オルセリオンの内側で、大きな振動とともに「ヴゥン」という音が鳴り、そして消えた。
「だめだ! 戻ってこい! だめだ! お前の子孫に王都を破壊させたいのか!」
「王都だけでは、すまない! このままでは世界が終わってしまう!」
「サリオンドレルの名を汚すのか! 子孫の手を汚していいのか!」
「雁鉄よ、僕はどうなっても構わない!」
「雁鉄よ、頼む!! 来いっ!!!」
また、オルセリオンの内側で「ヴゥン」という音がした。そしてその音は、明らかな周期性を持って繰り返される。間違いない。これは、雁鉄の心音だ。
「小僧。我に向かって、随分と偉そうな口を聞くな。だが、気に入ったぞ」
オルセリオンの意識が遠のく。
「まあ待て。最後まで見届けよ。我でも、あやつらを止められるかわからんのでな」
オルセリオンは、なんとか意識を繋ごうとした。
「お主、右腕がないのか。しかも小僧。本当にまだ子どもではないか。ただでさえ、我の筋力には足りぬというのに。仕方ない」
雁鉄はそういうと、自らの筋力を落とした。
雁鉄。ヴァリオンド。古代エルフ語で「力の根源を持つもの」を意味する。
力の根源とは時に筋力であり、時に知力であり、時に素早さであり、時に属性であり、時に礼儀作法であり、時に友情であり、時に忠誠であり、時に勇気であり、そして時に愛である。
ヴァリオンドの加護は、こうした力の根源たる能力の配分を自由に変えることができる力、能力再編だった。そんなヴァリオンドにとって、筋力の調整など造作もないこと。
軋んでいたオルセリオンの骨が、異常な圧力から解放された。
「激痛だったろうに。悲鳴ひとつあげんかった。大した男よの」
オルセリオンが、涙を流している。痛みのせいではない。誇らしいのだ。
「僕は。国の危機には役に立たない、文官の家に生まれました。ですが、ずっとあなたに憧れていたんです。危機に、遅れない。必ず、その場にいる。絶対に、負けない。そんなあなたに——」
「もうよい。休んでおれ。見事であった」
ヴァリオンドは、アレクサンドラに近づき額と額をつけた。そして、アレクサンドラが何を見たか。誰を標的としたか。その全てを把握する。
「教会局長、バルデミラ=ルシウス。覚悟せよ」
そのまま、ヴァリオンド(体はオルセリオン)は、ゆっくりと教会の中に入っていく。しばらくして、引きちぎられたバルデミラの首を持ったヴァリオンドが教会から出てきた。
教会前では、メリシエルが、母アレクサンドラと手を繋いで待っていた。おそらく、アレクサンドラから、ヴァリオンドが動いていることを聞かされていたのだろう。
「我が子孫たちよ。標的はこれに」
そう言って、バルデミラの首を、親子の前に転がした。
「なにせ、武器がなかったのでの。片腕で引きちぎるのは難儀だったわい。小僧、次は武器くらい準備しておけ。お、気絶しておるのか。無理もない」
黒雲が消えていく。親子の瞳に色が戻ってくる。
「メリシエルよ。約束した通り、少し話をしようではないか。小僧も、しばらくは寝ておることだし」
これにて、第1章が終わりとなります。ここまでお読みいただけたこと、とても嬉しいです。ありがとうございます。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
僕にとっては、残酷な戦闘シーンを書くのは、これが初めてです。個人的にも、残酷な戦闘シーンは苦手です。ですが、ここは、許されない悪行に対する罰として、コントラストが重要だと考えました。もしかしたら、後で、もっとソフトな描写に修正するかもしれません。その時は、ご容赦ください。
引き続き、よろしくお願い致します。