第10話 あどけない学者
メリシエルは、ダークエルフのエルシアナと仲良しになっている。
教室で、隣の席ということもある。しかしそれ以上に、エルシアナが、アレクサンドラとも会話ができるのが大きい。
メリシエルの母、アレクサンドラは、教室には入らない約束をさせられた。しかし、廊下や食堂であれば、問題ない。なので、食堂でのランチはいつも、アレクサンドラは娘の側にいた。
そして。不浄を感じさせる彼女たちに、近寄りたい生徒は少なかった。普通、レイスの近くにいたい、生きている人間はいない。
その点、エルシアナは、むしろ不浄を好むダークエルフだ。しかも、アレクサンドラと会話までできる。
嬉しそうに食事をするメリシエルに、アレクサンドラが話しかける。
「どう? メリシエル。食堂のご飯、美味しい?」
「うん、お母さん。いつも、植物から精気をもらってばかりだったから。こうして口から物を食べるだなんて、もう、感激だよ! トイレが必要になるのは、ちょっと面倒なんだけど」
「精気、味もないからね。ごめんね、お母さんがご飯を作ってあげられなくて」
エルシアナが、疑問を投げる。
「アレクサンドラ様は、お食事、できないのですよね?」
「そうなの。モノに触れないのよ。でも、ポルターガイストっていうの? 魔法で、モノを動かすことはできる。重たいメリシエルのこと、何度も川から引き上げてたから、この魔法、得意なの。エルシアナちゃんのこと、空を飛ばせることもできるわよ。今度、時間があるときやってみる?」
「うわ、やってみたいです! そうか。浮遊魔法って、ポルターガイストの応用なんですね。……って、アレクサンドラ様。一応、私、年上なんです。もう数えていませんが、多分、私いま150歳くらいで……」
「えーっ、そうなの? ああ、エルフだったわね、エルシアナちゃん。エルフは長寿だって聞いたことあるわ。ごめんなさい」
とはいえエルシアナの見た目は、やはり12歳程度。アレクサンドラにとって、エルシアナは、初めてできた娘の友だちだ。どうしても、12歳の少女として対応してしまう。
「エルフじゃありません。ダークエルフです。そこ、違いますんで、注意してください」
「エルシアナ姉さん、それ、どう違うの?」
「簡単にいうと、光と闇。相性が悪いのよ。エルフは、光属性の精霊に近い存在。ダークエルフは闇属性の精霊に近い存在。ダークエルフの私は、アレクサンドラ様に近い存在ってこと。ダークエルフには、エルフよりもお母様の方が近くに感じられるの」
「え、じゃあエルシアナ姉さんは、私たちから出てる不浄な感じ、むしろ、心地いいってこと?」
「そうよ。だから、安心して。私、メリシエルのこと、大好きだから。何にも気にしなくていいのよ」
このとき、メリシエル、エルシアナとアレクサンドラは、四人がけのテーブルを、三人で使っていた。アレクサンドラは、物理的には座ってはいないけれど。
影の薄い少年が、一人、お盆を持ってキョロキョロしている。珍しい黒髪に、厚底メガネをかけている。さらに長い髪が、表情を隠していた。
不憫に思ったアレクサンドラが、思わず声をかけた。
「あなた、ここ、空いてるわよ」
「ああ、すみません。お邪魔させていただきます」
アレクサンドラの声が届いた?
「あなた、私の声が聞こえるのね」
「ええ。以前も、教室で聞こえてました……申し訳ございません。レディーに対して失礼なことをしました。サリオンドレル夫人。僕は、オルセリオン=グランディエルと申します。以後、お見知り置きを」
「あなたの家名、グランディエルっていうのね。また立派な」
「まあ、僕なんかには、もったいないね。完全に、名前負けしてるよ」
「エルシアナ姉さん、私、古代エルフ語、わからない」
「オルセリオン、名前の意味、言ってもいい?」
「いいよ。別に減るもんじゃないし。隠す理由もない」
「オルセリオンは『真理を受け入れる器』、グランディエルは『たくさんの魂を受け入れる家』みたいな意味になるわ」
「オルセリオンくん。礼儀正しくて、立派なお名前までお持ちなのね。もしかして、貴族でいらっしゃるの?」
「まあ、一応は。でも、下級貴族です。大事なときに戦えない、文官の家系ですから。お気になさらず」
「やっぱり! オルセリオン様って呼ばなきゃね」
「やめてください! オルセリオンくんでいいです。くん」
「それよりも。あなた方は、あの偉大なサリオンドレル家の方々なんです。サリオンドレルの家格は、グランディエルよりもずっと上です。僕の方こそ、こうしてお話ができるだけでも光栄と思うべき立場です」
アレクサンドラが、思わず口にする。
「あなた、私たちの不浄に、少しも動揺しないのね」
オルセリオンは、アレクサンドラの目をまっすぐに見た。オルセリオンから、さっきまでの「あどけなさ」が、消えている。
「僕は、幼いながらも、自分のことを学者だと思っています。学者とは、自らの直感を嫌う存在です。直感ではなく、真理を追求するために生きています。あなた方には、あの英雄、雁鉄様の血が流れている。そんなあなた方から不浄な香りがするからといって、学者が、それを嫌うだなんて。そんなこと、恥です」
アレクサンドラは、人間の男性から、こんな風にして目を見られたことは、久しくない。そして、こんなにもはっきり、自分のことを肯定する言葉を、直接には投げかけられたこともない。
アレクサンドラは、頬をうっすらと赤らめる。恥ずかしいのだ。
アレクサンドラだって、生きていればまだ28歳。姿はメリシエルを産み、そして死んだときの19歳のまま。死んでからは、他人との関わりもない。無理をして、大人びた態度をとってはいるけれど。
沈黙。
また、メリシエルが椅子を壊した。
第10話でした。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。嬉しいです。
少しでも、読めるところがあったなら、是非とも☆評価をお願いしたいです。執筆の励みになると同時に、明日もまた頑張っていこうという気持ちになります。
さて。
もっと早く、アレクサンドラの年齢や姿について、描写しても良かったのです。しかし、アレクサンドラはレイスであり、一般には、見えたとしても、その姿は淡くて白い影程度にしか見えない存在です。その見えなさを表現するために、アレクサンドラの年齢や姿については、ここまで引き伸ばしてから描写しました。うまくいっていれば良いのですが。
引き続き、よろしくお願い致します。